エネルギー(商社)に、そもそもAIは必要なのか
AIを入れて値打ちが出るかどうかは、二つの数え方で決まります。一つは、その判断が一か月のうちに何度戻ってくるか。もう一つは、読み違えた損がどこまで届くかです。自社の帳簿で止まるのか、供給先の操業まで及ぶのかで重さが変わります。
両方が大きい業務だけが、仕組みにする値打ちを持ちます。どちらかが小さければ、その場で見たほうが早く片づきます。
エネルギー商社でこの二つが重なるのは、 数量と単価の数え直し が月ごとに戻ってくる仕事です。
- 基地のタンクに残る数量を自社の持ち分に切り分け、動いていない分を見つける
- 取引先ごとに、与信の枠へどこまで食い込んだかを積み直す
- 契約に書いた値の決め方で単価を組み直し、届いた請求と照らす
一方で、 人が抱えたままにすべき判断 もあります。設備の事故や産地の情勢で予定した数量が出なくなったとき、不可抗力を申し入れるかどうかは、条項に当てはまるかだけでは決まりません。その先と何年商いを続けるかまで見る話です。
新しい産地や相手と商流を組むかも同じです。調べる項目は決まっていて一次の資料は形になりますが、その国の情勢と相手の背後にある資本のつながりは、社内の記録に一行も残っていません。
エネルギー商社のAI活用は、扱うもので様子が変わります。石油製品が主か、ガスや電力が主かで、同じ判断の戻る回数は違います。次章では、仕事を担当の線ごとに分け、負荷がどこに寄っているかを先に見ます。
新規取組から市況・調査まで、負荷が大きいのはどの工程か
エネルギー商社の仕事は、取引を組む線、現物を動かす線、与信や証書を見張る線が、別々の担当で同時に回っています。担当ごとに並べると、手順の決まっている仕事と、その場で決めている仕事の境目が見えてきます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 新規取組 | 新しい産地・供給元や販売先の信用と国の情勢の下調べ、取引を始めるときの社内の稟議 | 小:下調べの一枚目までは組み上がります |
| 値決め・契約 | スポットとタームの契約条件の組み立て、指標に連動する値の決め方の登録 | 大:契約に書いたとおりの単価を引き直せます |
| 配船・船積 | タンカーやLNG船の配船とスケジュールの調整、滞船料の集計、品質証明書・数量証明書と契約条件の突合 | 中:書類の突合と日数の集計まで届きます |
| 基地・在庫管理 | 基地ごとのタンク残の把握、他社と混ざった在庫からの自社持ち分の切り分け | 大:混ざった在庫を持ち分ごとに割り出せます |
| 供給・履行管理 | 供給契約や電力購入契約の履行状況の整理、不可抗力が起きたときの影響範囲の洗い出し | 中:契約との差は並びますが、絞る順番は人です |
| 与信・為替・採算 | 取引先ごとの与信枠の利用状況の把握、外貨建て取引の集計、取引先別の採算の整理 | 大:枠の残りと外貨の残高を毎月積み直せます |
| 排出量・証書 | 排出量の集計資料の作成、再生可能エネルギー証書の取引記録の整理 | 大:係数と記録を様式に当てはめられます |
| 市況・調査 | 市況と地政学のニュースの読み合わせ、競合の調達動向の下調べ | 極小:要約は出ても、持ち高の判断は残ります |
いちばん神経を使うのは 配船・船積 です。一隻に積むのは一か月分に近い数量で、船を押さえる話と、揚げ先のタンクを空ける話が同時に進みます。
担当が時間を取られているのは、船会社とのやりとりそのものより、その前後の数合わせです。積地の出港が二日ずれれば、揚げ先の基地でどのタンクが空くかが変わり、次に着ける船の順番まで並べ替えになります。
着けられない日が続けば船は沖で待ち、滞船料が日ごとに積み上がります。その負担を自社が持つのか相手に請求できるのかは、契約に書いた停泊時間の数え方を当たり直さないと言えません。
ここが片づくと、前後が軽くなります。基地の側は空く日を先に見込めるようになり、値決めの側も、 次のカーゴをいつ売れる状態にできるか を日付で言えるようになります。
極小とした市況・調査は、ニュースと相場を読み合わせる場です。何が起きたかの要約までは形になりますが、その要約をもとに持ち高を厚くするか薄くするかは、まだ起きていない話に賭ける判断で、社内の記録に前例がありません。
エネルギー(商社)で最初に取り組むべきAI活用、3つ
先に挙げた二つの物差しで上位に来るのが、次の三つです。どれも数量と単価を数え直す仕事で、月ごとに戻ってきます。外せば在庫の値か、回収できない売掛か、請求の誤りに残ります。
混ざったタンクの中身を、自社の持ち分に割り戻す
基地・在庫管理の工程です。日次の在庫報告がファイル保管サービスに届いた時点で動きます。
AIが読むのは、タンクごとの総量と自社の受入・払出の記録、カーゴごとの仕入単価、社内で取り決めた払い出しの順序です。総量から他社分を引き、持ち分をカーゴ単位に割り戻します。
基地ごとの在庫の一覧に行が増え、止まった行だけが在庫担当に業務チャットで届きます。いまは総量の報告を見ながら、自社分を手元の記録から一つずつ引いています。
仕入れた値と今の指標との開きも同じ行に載るので、 寝かせるほど何が広がるか が先に見えます。
在庫担当が確かめるのは、割り戻した持ち分が基地の月次の精算書と合うかです。合わない分をどちらの記録で直すかは、基地を担当する物流の責任者が引き受けます。
ターム契約で続く出荷を、与信の枠に先に足しておく
与信・為替・採算の工程です。翌月の出荷計画を固める前、月の決まった日に起動します。
AIが積むのは、ターム契約の月ごとの引取予定数量、指標で翌月に決まる想定の単価、まだ請求に乗らない出荷済みの数量、前受金と保証の有無です。与信の規程に沿って、翌月末までに膨らむ残高を先に出します。
結果は翌月の出荷計画の表に戻り、枠に届きそうな取引先の行に印が付きます。営業の課長と審査の担当にメールが出ます。
いまは請求が起きてから残高が見えるので、供給が切れ目なく続く先ほど気づきが遅れます。配車や船積みを組む前に名が挙がる形に変わります。
営業が確かめるのは、その先に 止められない供給の約束 があるかです。前受をもらうか翌月の数量を落とすかを選ぶのは審査の部門です。
契約に書いた値の決め方で、請求の単価を組み直す
値決め・契約の工程です。仕入先の請求書と販売先へ出した請求の控えが、その月の分として記録に載った時点が合図です。
AIが照らすのは、契約ごとに登録した値の決め方、参照する指標の公表値、指定された平均の期間と為替の換算日です。書かれたとおりに単価を組み直し、請求に載った単価との差を取ります。
差の出た契約だけが契約の管理表に行として増え、担当のトレーダーと業務管理に通知が出ます。
いまは月末に契約書を開いて指標の値を拾い、表計算ソフトで一件ずつ検算します。件数の多い月ほど後回しになりますが、 差の出た契約から先に上がる 形になります。
トレーダーが見るのは差が出た理由です。公表が休みでずれたのか、平均の期間の読み方が違うのかで扱いが分かれます。訂正を申し入れるかは業務管理の責任者が決めます。
業務に組み込むまでの4ステップ
四つのステップは、三つ目の請求の単価の組み直しを例に通します。契約書と指標の値と請求の控えが別々の手元で止まるのを、順につなぐ作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
まず、値の決め方がどこに書いてあるかを突き止めます。作り足すものはなく、置き場所を定めます。
- 契約ごとの値の決め方(指標名、平均期間、加算額、換算日)
- 指標の公表値を控えた記録
- 届いた請求書と、出した請求の控え
値の決め方が契約書の本文にしか無い会社が多いので、先に一枚の表へ 書き出しておく 必要があります。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
起点は、その月の請求の記録がそろった時点です。誰かが思い出した月だけ動く形にしません。
指標の公表が休みだと値が翌日へずれます。締めの日を先に定め、拾えない分は空欄のまま出します。ここを決めないと忙しい月から飛ばされます。
3. 判断の基準を設定しておく
四つの中でいちばん手間がかかります。契約書を一読しただけで正しい単価を言い当てる業務管理者がいます。その読み方を文字にして、一箇所へ集めます。
- 公表が無い日は前日の値か、営業日で割り直すか
- 単価と数量の差が、どこまでなら挙げないか
- 換算日が船積日か請求日か、契約ごとの見分け方
書き出すと、同じ指標を担当者ごとに違う日付で拾っていたと分かります。揃え終われば次の月から書いたとおりに回り、直すのは 契約の型が増えたとき だけです。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
行き先は契約の管理表です。差の出た契約だけが行として増え、使った値も並び、トレーダーに通知が出ます。
見るのは業務管理の担当で、支払の期日の三営業日前までに、訂正を求めるか自社の登録を直します。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 基地のタンクは他社と共用していることが多く、基地から届く報告はタンクの総量しか出ません。自社の持ち分は受入と払出の記録から差し引くしかなく、そこで一度ずれると翌月以降もずれたまま積み上がります。 月に一度、基地の精算書と突き合わせる日 を決めておきます。
- 契約が指標の名前だけを書いていると、その指標の公表が止まったり計算方法が改まったりしたときに、代わりに何を見るかが決まりません。差し替えの定めが無い契約には先に印を付け、組み直しの対象から外して人に回します。
- 枠に届きそうだという結果を、そのまま出荷の順番に読み替えてはいけません。 止めれば相手の操業や発電が落ちる ので、絞れる先と絞れない先があります。優先して供給する約束のある契約には印を付け、順番の案には出しません。
エネルギー(商社)のAI活用は、どこから考えればいいか
第1章では、数量と単価の数え直しが月ごとに戻ってきて、外せば在庫の値か回収か請求の誤りに出る仕事にAIが効く、と書きました。不可抗力を申し入れるか、新しい相手と商流を組むかは人の手元に残ります。4章の三つは、どれも 答えが契約と記録に書いてある側 です。
三つとも手をつける必要はありません。基地の報告が毎日届く会社なら一つ目、ターム契約の引取数量が表にそろう会社なら二つ目と、一つだけ選べば足ります。どの記録も新しく作るものではなく、 いまも毎月、誰かの手元を通り過ぎています 。

