業種分類に当てはまらない商社に、そもそもAIは必要なのか
AIを入れて割に合うかどうかは、二つの物差しで見分けられます。一つは、同じ形の判断が一か月に何件積み上がるか。もう一つは、それを外したときに金額と信用のどちらに跡が残るかです。
件数が多くても、電話一本で戻せる程度の業務なら、人が片手間で片づけたほうが早いままです。両方が大きいところにだけ、専門商社のAI活用は値打ちが出ます。
この二つを、扱う分野に名前のない商社の仕事に当てはめます。仕入先から製造中止の案内が届いたあと、その品目を常備している得意先を数え直す作業 は、月に何度も起き、見落とせば納期の約束が崩れます。
動かなくなった在庫がどの得意先のために積まれたかを調べる作業も、与信枠がどこまで埋まったかの確認も同じ形です。
反対に、仕組みに寄せないほうがよい業務 もあります。得意先の現場で出た相談を、その場でどこまで引き受けるかを決める場面。それと、仕入先に無理な納期を頼むときに、誰に頭を下げるかを選ぶ場面です。
どちらも前の一件が次の一件の根拠になりません。相手との貸し借りの残高は帳簿に載らず、決める人の側にしか残らないからです。
この線は会社単位ではなく、業務単位で引き直すものです。同じ商社でも、得意先の数と扱う品目の幅が違えば、繰り返しの回数も外したときの傷も変わります。自社の仕事をいちど工程に割り、どこに同じ判断が集まっているかを見るところから始めます。次章でその分け方を示します。
得意先回りから品目の入替まで、負荷が大きいのはどの工程か
扱う分野に名前がないぶん、この業種の仕事は品目の流れではなく、得意先との付き合いの側に沿って並びます。工程に割ると、同じ判断が集まる場所が偏っていることが見えます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 得意先回り | 決まった順路での定期訪問、その場で出た相談の持ち帰り | 中:回る順番の組み直しまでは記録から出せる |
| 問い合わせ一次対応 | 仕様・型式の質問への一次回答、一枚に混ざった依頼のカテゴリ分け | 大:過去の回答と照会先の記録が下書きになる |
| 仕入先手配 | 帳合のある仕入先への見積依頼と納期確認、返品記録の仕入先返し | 中:照会先の候補は過去の実績から絞り込める |
| 見積・値入れ | 仕入値に乗せる値入れ、失注案件の振り返り | 小:負け方の集計は出るが、最後の値は人が決める |
| 仕入先通知の手当て | 製造中止・仕入不可の案内を受けた後の影響調べ | 大:常備している得意先を記録から名指しできる |
| 在庫・棚卸 | 常備在庫の補充と棚卸、見通しと実発注のずれの確認 | 大:動きの止まった品目を数字で拾い上げられる |
| 売掛・与信 | 入金の消込、与信枠の見直し、外貨建て残高の集計 | 大:規程どおりの計算なので毎回同じ形になる |
| 取扱品目の入替 | 新しく扱うかどうかの検討資料づくり | 極小:買う得意先の顔が何軒浮かぶか次第 |
いちばん神経を使うのは、問い合わせの一次対応 です。扱う分野に名前がないので、得意先は品目を選ばずに持ちかけてきます。図面の一部や型式の断片だけが送られてきて、これは扱えるかと聞かれることも珍しくありません。自社に設計者も試験設備もないため、答えは仕入先から取ってくるしかありません。
担当者の手が止まるのは、質問に答えられないからではありません。前に似た話をさばいたのが誰で、どの仕入先のどの窓口に投げたら答えが返ったのかを、思い出せないからです。回答はメールの本文と案件ごとのフォルダに散り、担当が替わればもう一度ゼロから探すことになります。
ここに手が入ると、後ろの工程が先に動きます。照会先が最初の一手で決まれば、仕入先手配の待ち時間が縮み、見積を出す前に納期の目安がそろいます。
一方で、取扱品目の入替 は仕組みに向きません。新しく扱うかどうかは、その品目を買ってくれる得意先の顔が何軒浮かぶかで決まり、品目が変われば見る先も変わります。工程を端から仕組みへ寄せられるわけではない、というのが実際のところです。
業種分類に当てはまらない商社で最初に取り組むべきAI活用、3つ
次の三つは、第1章の二つの物差しが両方とも高く出た業務です。一か月あたりの件数が多く、外したときに金額と信用の両方へ跡が残ります。どれも得意先との約束が直に懸かる場面です。
製造中止の知らせから、次に困る得意先を書き出す
仕入先から製造中止や仕入不可の案内がメールで届いた時点で動き出します。AIが見るのは、得意先ごとの常備品の登録、その品目の直近の注文の間隔、同じ品目を引ける帳合先の一覧です。社内で定めた常備品の線引き(どの間隔で注文が入っていれば棚に置き続けるか) に照らし、影響の出る得意先を絞り出します。
結果は担当営業ごとに分かれた一覧表に行として並びます。いまは案内を読んだ人が心当たりの先へ電話をかけ、残りは注文が来て気づきます。仕組みが入ると、補充予定が近い得意先から順に、代わりを当てるか打ち切りを伝えるかの段取りが見えます。
代替品を持ちかけてよい先かどうかは、その口座を持つ営業が仕分けます。得意先の設計図に品名が書かれている品目なら、差し替えの可否は相手の承認事項です。
動かない在庫を、置いた理由の側から問い直す
毎月の棚卸が締まった翌日に、この仕組みが走ります。AIは品目ごとの回転だけでなく、その在庫がどの得意先のために積まれたかの記録と、その先からの直近の注文をつなげます。得意先の紐付きが切れたとみなす注文の間隔 を社内で先に定めておき、それを超えた分を拾い上げます。
拾い上げた品目は、担当営業ごとの引き取り確認リストとして業務チャットに届きます。いまは期末の棚卸で金額だけが出て、誰のために積んだかを言える人がいません。仕組みが入ると、引き取りを頼む先と、仕入先へ返品を打診する先が分かれて出ます。
値引き処分に回すか、もう一期寝かせるかを決めるのは、その帳合を預かる部門長です。リストは候補を並べるところまでで、損を確定させる判断は人の側に残ります。
別々の担当が持つ取引を、取引先ひとつ分に足し上げる
毎営業日、受注と売掛の記録が更新された時点が起点です。AIは、分野ごとに別の担当が抱えている注文、出荷済みで未回収の売掛、支払サイトの違いを一本に集めます。同じ資本系列をひとつの枠として数える社内の取り決め に沿って足し上げ、枠に近づいた取引先を選び出します。
出力先は、取引先ごとの残高をまとめた一枚の表です。枠の線を越えそうな相手については、そこに口座を持つ全担当へ同時に知らせが飛びます。いまは自分の売り先の分しか見えず、別の担当の出荷に気づくのは締めの後です。仕組みが入れば、注文を受ける前に残りが見えます。
枠を広げるか出荷を止めるか、線を引くのは与信を預かる管理部門です。表に出るのは足し上げた数字までで、相手の資金繰りの見立てと、取引を続けるかの判断は人が引き受けます。
業務に組み込むまでの4ステップ
例に取るのは一つ目、製造中止の知らせを得意先の並びに直す流れです。システムを新調する話ではなく、社内の記録を決まった順につなぎ替える作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
必要な記録はすでに社内にあります。
- 仕入先から届く製造中止・仕入不可の案内
- 得意先ごとの常備品の登録と預かり数量
- 品目別の注文履歴(直近の間隔が分かるもの)
- 同じ品目を引ける帳合先の一覧
作り足すものはありません。メール受信箱と各部門の表計算ソフトに散っているので、ファイル保管サービスの一か所へ寄せます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
担当者が気づいたときに動かす形にしません。案内のメールが 共有フォルダに保存された時点 が自然な合図です。件名がばらばらなら、受け取った人が入力フォームに一行入れた時点でもよいです。合図を決めずに始めると、忙しい週に誰も開きません。
3. 判断の基準を設定しておく
ここだけは、一度机に向かって書く時間 が要ります。案内を一目見て急ぐ先を言い当てる古株の勘を、文字にします。
- どの間隔で注文が入る品目を「常備品」として扱うか
- 代わりの帳合先は、価格と納期のどちらから先に見るか
- 設計図に品名が入る品目は、別枠にして先に知らせる
書き出すと、部門ごとに線が違うと分かります。一度まとめれば、品目が替わっても使い回せます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
出来上がった並びは、営業が毎日開く場所へ戻します。得意先と品目を並べた表に行が増え、補充予定が近い先は担当営業の業務チャットに一行届きます。見るのはその口座を持つ営業で、代わりを当てた先を朝のうちに確かめ、打ち切りを伝えるか提案に回すかを決めます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 棚に置く約束が、台帳の外で決まっている。 常備品は注文書ではなく得意先との口頭のやりとりで始まることが多く、何をいくつ預かっているかが担当者の記憶にしか残っていません。台帳に登録の欄があっても中身は空のままです。仕組みを組む前に、担当が覚えている分を埋める日を取ります。
- 同じ品目が、仕入先ごとに別の品番で並ぶ。 帳合先が複数ある品目は、仕入先の型式をそのまま台帳に入れているため、一つの品目が二つ三つの行に割れます。このまま数えると在庫も与信も合いません。読み替えの対応表を先に作り、仕入先が増えるたびに一行足す係を決めておきます。
- 数字の先の見立てまで寄せてしまう。 枠の食い込みは計算で出ますが、その取引先が払えるかどうかは計算の外です。出すのは残高と枠の差までと決め、取引を続けるかどうかは与信を預かる部門が人の目で判断する、と線を引いておきます。
業種分類に当てはまらない商社のAI活用は、どこから考えればいいか
第1章で、相手との貸し借りや、その場でどこまで引き受けるかを決める場面はAIに向かないと書きました。今回の三つを選んだ理由は逆で、どれも 社内の記録だけで答えが出る うえ、判断の根拠を先に文章にできるからです。
三つを同時に走らせる必要はありません。まず一つだけ選び、記録の行き先をひと筋こしらえてみれば足ります。使うのは、得意先の常備品の登録も、注文の履歴も、帳合先の一覧も、いま毎日の仕事で触れている記録 ばかりです。

