病院・大学病院・クリニックに、そもそもAIは必要なのか
病院の仕事のどこにAIを入れるかは、二つの数え方で見当がつきます。ひとつは、同じ判断が月に何度戻ってくるか。もうひとつは、その判断を外したとき、患者の身体か病院の収入のどちらに、どこまで響くか。 どちらも大きい業務が、最初に手をつける場所です 。
院内の仕事をこの二つで並べ直すと、順番が見えてきます。退院時要約は入院が終わるたびに発生し、遅れれば診療情報管理室からの督促と算定の要件に跳ね返ります。
医薬品と診療材料の在庫も、切らせば処置が止まり、抱えれば廃棄に変わります。レセプトの点検も算定の要件を一件ずつ当てはめる作業で、見落としは返戻と査定になって戻ってきます。
反対に、 診察室で病状と治療方針を伝える場面と、救急の受入れを決める判断 は、人の側に残ります。前者は相手の表情と理解の速さを見て、どこまで一度に話すかをその場で決めます。
後者は空いている病床の数だけでなく、当直の顔ぶれと今夜まだ来る患者まで見込んで、責任ごと引き受けます。
同じ病院でも、病床数と担っている機能によって線の引かれる場所は変わります。地域の外来を主に診ているのか、紹介を受けて手術と入院を回しているのかで、同じ判断が寄る工程が違うからです。
病院のAI活用を考えるなら、自院の仕事を工程に割り、どこに同じ判断が集まっているかを先に見ておくことです。次章では、外来診療から病院経営までを順に開いていきます。
外来診療から病院経営まで、負荷が大きいのはどの工程か
病院の仕事は、患者一人の流れを追うだけでは全体が見えません。診療の裏側で、請求と物品と安全管理が同時に動いているからです。働きごとに並べ直すと、同じ基準を当て続けている場所が分かります。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 外来診療 | 予約枠の調整、電話での問い合わせ対応、検査や治療の説明 | 中:問い合わせの一次回答と説明資材の下書きは型にできる |
| 入退院支援 | 入院前の説明、病床の割り振り、退院調整と退院時要約 | 大:退院時要約は診療記録から起こせる |
| 病棟看護 | バイタルの記録、与薬、勤務交代時の申し送り | 極小:指示と状態の突き合わせが記録より先に終わる |
| 医事・請求 | レセプトの点検、返戻と査定への対応 | 大:算定の要件は文章にして設定できる |
| 地域医療連携 | 紹介状と返書の作成、紹介元への経過報告 | 中:定型の返書なら過去の文面から組める |
| 物品・薬剤管理 | 医薬品と診療材料の発注、期限とロットの管理 | 大:使用実績と期限の突き合わせは毎週同じ |
| 医療安全・患者相談 | インシデントレポートの集計、苦情の受付 | 中:報告の分類は基準を決めれば任せられる |
| 病院経営 | 病床稼働の集計、診療科別の収支、勤務表の作成 | 小:数字はそろうが、決めるのは経営会議 |
外来診療 には、診察以外の用件が次々に差し込まれます。前の患者の検査結果についての電話、他院からの紹介の相談、書類の記入依頼。どれも返事をするのが医師本人でなければ済まない用件です。
削られるのは診察の時間だけではありません。中断するたびに、直前まで組み立てていた診断の筋道を立て直すことになります。
窓口の側でも事情は同じで、症状の相談なのか、予約の変更なのか、会計の問い合わせなのかで回す先が変わります。 答えを持つ人が診察室の中にいる ため、折り返しの約束だけが積み上がっていきます。
ここが軽くなると、入退院支援では入院前の説明に時間を回せます。地域医療連携でも、紹介元への返書が診察の合間に押し出される回数が減ります。
病棟看護を極小としたのは、判断が記録より先に終わるからです。指示と患者の様子を突き合わせて動くかどうかの判断が下るのはベッドサイドに立った瞬間で、その理由まで看護記録に残ることはほとんどありません。
病院・大学病院・クリニックで最初に取り組むべきAI活用、3つ
手をつける順番は、第1章の二つの見方で決まります。同じ判断を何度も繰り返していて、外したときに患者か収入に響く業務。院内の仕事をその順に並べたとき、上位に来るのが次の三つです。
診療記録に散った経過を、退院時要約の形にまとめる
退院が決まって診療記録が締まったところが起点です。入院中の経過記録、検査結果、手術や処置の記録、処方の履歴をAIが読み、自院の記載要領に沿って、入院の目的から転帰までを項目ごとの文章に起こします。入退院支援の最後に置かれている作業です。
下書きは電子カルテの文書欄に保存され、診療情報管理室の未完了一覧に行が増えます。いまは主治医が外来や当直の合間に、記録をさかのぼりながら 白紙から書き始めています 。仕組みが入ると、埋まった状態を直す作業に変わります。
主治医が見るのは、診断名と転帰、それに退院後の外来での方針です。経過の解釈と治療の妥当性は、最後まで主治医が責任を持つ判断として残ります。
期限切れになる材料を、診療科別の使用実績から絞る
こちらのきっかけは曜日です。毎週決まった日に、診療科と病棟ごとの払い出し実績、在庫と使用期限とロットの一覧、発注と納品の履歴、翌週の手術予定をAIが読みます。照らす先は、院内で定めた期限の線と定数の基準です。期限が先に来る品目と、使われ方が落ちている品目が並びます。物品・薬剤管理の工程にあたります。
結果は発注会議で開いている一覧表に載り、薬剤部と用度の担当者へ通知が届きます。いまは定数の棚を回って期限のシールを目で追っていますが、棚に向かう前に どの部署のどの品目かが分かっている状態 になります。
担当者が決めるのは、発注量を増やすか減らすか、他病棟へ融通するかです。医師の指定がある特定の材料は、AIの提案では置き換えません。
算定の裏づけが診療記録にあるかを、請求の前に確かめる
月が替わってレセプトが出力された時点で動きます。算定の要件と院内の記載ルール、過去に返戻と査定を受けた履歴をAIが参照し、病名と診療行為の対応、記載が要る項目の欠けを拾って、どの要件に引っかかるのかを添えます。医事・請求の工程の入口です。
拾われた分は点検リストに並び、診療科ごとに担当医への確認依頼としてまとまります。査定は翌月以降に返ってくるため、いまは理由書を読んでから記録をさかのぼっています。仕組みが入ると、 請求を出す前に手当てする順序 へ入れ替わります。
医事課が内容を確かめ、病名を足すのか記載を補うのかは医師が決めます。診療の中身に踏み込む修正は、医事課の側では引き取れません。
業務に組み込むまでの4ステップ
医薬品と診療材料の在庫を例に、四つの段取りを追います。 新しいシステムを入れる話ではありません 。いま院内で動いている発注の仕組みと表計算ソフトの間をつなぐだけです。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
集めるのは、すでに院内にある記録です。作るのではなく、どこに入っているかをはっきりさせます。
- 部署ごとの払い出し実績(物流の仕組みから出せます)
- 在庫と使用期限、ロットの一覧
- 発注と納品の履歴、翌週の手術予定
病棟の定数表が紙のままなら、そこだけ表計算ソフトに移します。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
人が思い出して開く形は続きません。発注会議の前日、と曜日を固定するのが院内では扱いやすいやり方です。手術予定が確定した時点を二つ目に足せば、取り寄せの要る材料も間に合います。ここが曖昧なまま始めると、忙しい週から順に飛ばされます。
3. 判断の基準を設定しておく
いちばん手間がかかるのがここです 。用度や薬剤部のベテランが棚を見ながら判断していることを、文章にします。
- 使用期限がどこまで近づいたら知らせるか、品目ごとに
- 使われ方が落ちたと見なす下がり方、前月との比べ方
- 切らしてはいけない品目と、待てる品目の分け方
書き出すと、担当者ごとに基準が違っていたと分かります。一度そろえれば、翌週も翌月も同じ基準が効きます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
戻り先は、発注会議で毎週開いている一覧表です。行が増え、担当者へ通知が届く形にします。薬剤部は薬の欄、用度は材料の欄を前日に確かめる、と持ち場も決めます。そこまで詰めないと、通知だけが流れて誰も開かなくなります。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 紙とファクスで届く情報が、入口で流れを止めます 。他院からの紹介状、患者が持参する検査結果、当直帯の手書きの指示。どれも院内のシステムに入る前に人が打ち直しています。組み立てる前に、どの書類が電子で入ってきて、どれが入口で止まっているかを仕分けておきます。
- 月の途中で条件が変わる患者を取りこぼします 。転科や転棟、保険資格の切り替わり、公費との併用。こうした事情が混じった一件は扱いが毎回変わり、決めた基準に当てはまりません。例外にあたるものは最初から外し、人が見る列へ回します。
- 人が後から検証できない使い方は避けます 。検査値から診断名の候補を出させる、患者への回答をそのまま送る、といった使い方は、誤りに気づく手立てが院内にありません。出力の根拠が診療記録のどの記載なのかをたどれる範囲に限ります。
病院・大学病院・クリニックのAI活用は、どこから考えればいいか
第1章で引いた線は、同じ判断が何度戻ってくるか、外したときにどこまで響くか、の二つでした。診察室での説明と救急の受入れが人の側に残るのは、 相手を見てその場で決める仕事 だからです。三つの活用が線の内側にあるのは、判断の基準を文章に書き出せるからです。
三つとも同時に始める必要はありません。退院時要約でも材料の期限でも、 いま手が止まっている一つから で十分です。診療記録も、払い出しの実績も、算定のルールも、毎日の仕事の中ですでに作られています。

