医療広告代理店・出版社・マーケティング・リサーチに、そもそもAIは必要なのか
広告、誌面、調査報告のどれを手がけていても、AIを入れる値打ちがあるかどうかは制作物の種類では決まりません。分かれ目は2つです。同じ判断を月に何度繰り返しているか、そしてその判断を外したとき何が起きるかです。
医療広告代理店のAI活用が効くのは、次のような業務です。
- 制作物の文言を、薬機法と医療広告ガイドラインに照らして一次チェックする作業
- 与件から企画骨子と見積の下書きを起こす作業
- 窓口に届いた問い合わせと苦情を、決まった区分に仕分ける作業
どれもどの表現がどの規定に触れるかという判定を、案件のたびに同じ形で繰り返しています。外せば、クライアントである製薬企業や医療機関の名前で世に出た制作物が、回収の対象になります。
一方、監修を引き受けた医師との見解の折り合いと、患者インタビューの場での聴き方には、AIを入れないほうがよいと考えます。
監修医が「臨床の実感と違う」と言ったとき、どこを削りどこを残すかは、その医師との関係と誌面の責任の取り方の問題です。患者が言葉を選びながら話す様子を見て問いを変えるのも、聴き手の仕事です。
ただし、この線引きは業務単位で変わります。同じ広告原稿でも、医療従事者に宛てたものと生活者に宛てたものとでは、見る規定も確認の順番も入れ替わります。次のセクションでは案件の流れを工程に分け、どこに余地があるのかを見ていきます。
企画・提案から反響対応まで、負荷が大きいのはどの工程か
医療の広告・出版・調査は、どれも案件が与件から刊行と反響まで一方向に流れます。工程に分けて並べると、規定に照らす作業と、人と折り合いをつける作業が交互に現れることが見えてきます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 企画・提案 | 与件の聴き取り、企画骨子と見積の作成 | 大:骨子と見積の下書きを任せられる |
| 調査・取材 | 医師と患者へのインタビュー、調査票の設計 | 中:議事録の整理と集計の下書きまで |
| 制作・執筆 | 疾患啓発コンテンツや業界レポートの執筆 | 中:構成案と初稿の下書きまで |
| 監修 | 監修医師・著者への確認、指摘の反映 | 極小:指摘の落とし所は人が詰める |
| 校正・編集 | 医学用語と用量表記の統一、書誌の確認 | 中:表記のゆれと不整合の検出を任せられる |
| 広告審査 | 規定に照らした一次チェック、審査資料の作成 | 大:規定ごとの一次判定を任せられる |
| 出稿・刊行 | 媒体への入稿、配本と配信の手配 | 小:入稿物の不足の検知まで |
| 反響対応 | 問い合わせと苦情の受け、効果の集計 | 大:苦情の仕分けと集計を任せられる |
負荷が集中するのは広告審査です。同じ制作物でも、誰に宛てたかで見る規定が変わります。医療従事者に向けた医療用医薬品の資材、生活者に向けた一般用医薬品の広告、医療機関そのものの広告は、それぞれ別の決まりで判定されます。
担当者が時間を取られているのは、不可の文言を消す作業ではありません。指摘の多くは「この根拠を添えれば書ける」という条件付きで返るため、どの出典を添えるか、それとも表現を弱めるかを一文ずつ決める作業です。
しかも制作物は自社の確認を通ったあと、クライアントの審査窓口にもかかります。差し戻しは校了の直前に届き、一文の修正が誌面や資材の作り直しに広がります。
ここに手が入ると前後も変わります。文字校の段階で候補がつぶれていれば、監修医師への確認を一度で済ませられます。
監修を「極小」としたのは、そこが正誤を見分ける場ではないからです。監修医師の臨床の実感と、誌面の責任の取り方を突き合わせ、落とし所を決める場です。すべての工程を仕組みにできるわけではありません。
医療広告代理店・出版社・マーケティング・リサーチで最初に取り組むべきAI活用、3つ
着手の順番は、同じ判断を繰り返している回数と、外したときの影響の大きさで決まります。はじめに挙げた2つの軸で並べると、審査前の一次チェック、企画と見積の下書き、苦情の仕分けが上位に来ます。
どの規定で見るかを決めて、一次チェック資料にまとめる
広告審査の工程です。起点は、校了前のフォルダに原稿が保存された時点です。AIはまず、原稿が誰に宛てた制作物かを、媒体と配布先の記載から判別します。医療従事者向けの資材か、生活者向けの一般用医薬品の広告か、医療機関そのものの広告かで、照らす規定が分かれるためです。
そのうえで該当する規定の抜粋と、過去に差し戻された文言・通った言い換えの記録を読み比べ、触れる箇所、根拠となる規定、代替案を並べた対応表を組みます。
戻るのは、クライアントの審査窓口の様式に合わせた対応表です。差し戻されてから資材ごと作り直していた進め方が、校了前に候補をつぶす進め方に変わります。
どの指摘を残すかを決めるのは、審査対応の長い担当者です。体験談や術前術後の写真のように、条件を満たせば載せられる要素をどう扱うかは、クライアントの審査窓口と詰める判断です。
引き合いの段階で、打てる企画かどうかを先に見る
二つ目は企画・提案の工程で、引き合い受付フォームが送信されたときに動きます。AIが読むのは、業種と予算帯の近い過去の企画提案書、監修医師への謝金や審査の往復工数といった費目の型、競合の広告動向の記録、そして規定上そもそも打てない企画の型です。
組み上がるのは、打てない企画を外した骨子と、費目ごとの概算見積のドラフトです。文書作成ソフトの形で案件フォルダに保存され、案件一覧表に行が増えます。過去案件を探すところから始めていた作業が、並んだ骨子を直すところから始まります。
規定の読みが妥当かは審査の担当者が見ます。値引きの幅と、監修や審査の往復にどこまで工数を見込むかは、案件の責任者が判断します。
届いた苦情を仕分け、有害事象の疑いだけ別に立てる
三つ目が動くのは、問い合わせ窓口にメールやフォームの投稿が届いた時点で、反響対応の工程です。
AIが参照するのは、過去の苦情の記録とそこで使った区分、クライアントごとの連絡先の一覧、そして何をもって有害事象の疑いとみなすかを決めた社内の取り決めです。届いた内容を、表現への指摘・記載の誤り・調査への苦情・有害事象の疑いに仕分け、要旨を整えます。
結果は表計算ソフトの一覧表に一件ずつ追記されます。有害事象の疑いに当たるものだけは同じ表で終わらせず、クライアントの安全性情報の窓口へ連絡する担当者に、別の知らせとして届きます。
その内容が本当に有害事象の申し出なのかを見極め、投稿者へ折り返すかどうかを決めるのは、窓口の担当者です。
業務に組み込むまでの4ステップ
ここでは一つ目の「審査前の一次チェック」を例にします。新しいシステムを作る話ではなく、すでに使っているツールの間に情報の通り道を一本つくる作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
使う情報は、どれもすでに社内にあります。
- 校了前の原稿と、その配布先・媒体が分かる記載
- 薬機法、医薬品等適正広告基準、医療広告ガイドラインの抜粋
- 過去に差し戻された文言と、そのとき通った言い換えの記録
- クライアントごとの審査窓口の提出様式
新しく作るのではなく、置き場所を決めるだけです。担当者の手元や案件フォルダに散らばっているなら、一箇所にまとめます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
きっかけは、原稿が校了前のフォルダに保存された時点です。デザインが固まった後ではなく、文字校の段階で動かします。担当者が思い出して操作する形にすると、校了日が迫った案件ほど使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
ここがいちばん時間のかかる工程です。審査対応の長い担当者が原稿を見た瞬間に判別している点を、文章にしてまとめます。たとえば次のようなものです。
- 媒体と配布先から、どの規定で見るかを決める分かれ道
- 効能効果を言い切れる範囲と、根拠を添えれば書ける範囲の境目
- 過去に差し戻された文言と、そのとき通った言い換え
一度まとめれば、次の案件からAIがそこを参照し続けます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
対応表はクライアントの提出様式に合わせて案件フォルダに保存し、制作担当に業務チャットで知らせが届くようにします。校了日の前に審査の担当者が目を通す、というところまで取り決めます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 宛先が混ざった制作物で、規定の振り分けを外す:医療機関の待合で配る患者向け冊子のように、一つの制作物に宛先が混ざることがあります。振り分けを外すと、書けるはずの効能まで消したり、逆に生活者向けに医療従事者向けの書き方を残したりします。原稿の様式に、配布先と媒体を書く欄を先に設けておきます。
- 監修の指摘が紙で戻ってきて、記録に残らない:監修医師や著者からの指摘は、紙や手書きの書き込みで返ることが少なくありません。この形だと、通った言い換えが次の案件で参照できません。指摘の受け取り様式を決め、反映の可否まで同じ場所に残します。
- 保存した基準が、規定の改定に追いつかない:ガイドラインや業界の申し合わせは改定されます。まとめた基準が古いままだと、古い判定を量産し続けます。改定を確かめる担当と時期を決め、基準の更新を工程に組み込みます。
医療広告代理店・出版社・マーケティング・リサーチのAI活用は、どこから考えればいいか
第1セクションでは、監修医師や取材相手と向き合って折り合いをつける仕事は人が担い、規定や過去の記録に照らして同じ判定を繰り返す業務にAIが効く、と線を引きました。紹介した3つは、どれも判断のよりどころが社内の記録の側にある業務です。
全部を一度に仕組みにする必要はありません。まず1つの業務から始めれば十分です。規定の抜粋も、過去の差し戻しの記録も、苦情の応対履歴も、すでに案件フォルダや窓口の受信箱にあり、そこから着手できます。

