生命保険に、そもそもAIは必要なのか
AIを入れる値打ちがあるかどうかは、二つの軸で見分けられます。同じ判断を月に何回繰り返しているか、そしてその判断を誤ったときに何が起きるかです。生命保険の業務をこの二つに当てはめると、先に手をつける順番がはっきりします。
二つの軸がどちらも大きくなるのは、次のような場面です。
- 告知書の記載と、提出された診断書や人間ドックの結果との食い違いを洗い出す作業
- 申込の時点での、契約者・被保険者・死亡保険金受取人の反社会的勢力の該当確認
- 営業職員や代理店の募集人に配る、商品説明資料とトークスクリプトの作成
いずれも、社内の引受基準や商品ごとの条件という 書かれたルール に照らして、同じ判断を何度も繰り返しています。
一方、死亡保険金の請求を受け付ける場面と、告知義務違反を理由に契約を解除するかどうかの判断には、AIを入れないほうがよいと考えます。請求の連絡は、身内を亡くした直後の受取人から入ります。解除は、数十年続く保障を打ち切る理由を契約者側へ説明する責任を 生命保険会社が負う 判断だからです。
ただ、この線引きは業務ごとに動きます。同じ支払査定でも、診断書と契約内容を突き合わせる作業と、事情を踏まえて支払の可否を決める場面とでは、向き不向きが分かれます。次は、生命保険の業務を工程に分けて見ていきます。
商品開発・改定から苦情対応まで、負荷が大きいのはどの工程か
生命保険の業務は一本の流れではありません。契約が数十年続くため、新契約・保全・支払が部門ごとに同時並行で動きます。役割別に並べると、社内の基準をなぞる作業と、相手の様子を見て言葉を選ぶ場面とが分かれて見えます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 商品開発・改定 | 新商品の設計と約款・販売資料の整備、商品改定が既契約者に及ぼす影響の分析 | 中:改定前後の条件を並べた影響分析の下書きを任せられる |
| 募集支援 | 営業職員・代理店募集人向けの商品説明資料とトークスクリプトの作成、募集品質のモニタリング資料づくり | 大:商品の条件に沿った説明資料を組み立てられる |
| 意向把握・提案 | 家族構成と既契約の聞き取り、保障提案資料と更新・見直し提案資料の作成 | 中:聞き取り記録から提案資料の下書きを起こせる |
| 新契約査定 | 告知書と診断書の整合性の点検、医的診査結果からのリスク分析、契約者・被保険者・受取人の反社会的勢力の該当確認 | 大:引受基準に照らした点検を繰り返せる |
| 契約保全 | 契約内容変更・受取人変更の受付、契約者からの問い合わせへの一次回答、解約・失効の傾向の集計 | 中:一次回答の下書きと解約傾向の集計に使える |
| 請求受付 | ご遺族や契約者からの請求の申し出の受付、必要書類と記入方法の案内 | 極小:身内を亡くした直後の相手から事情を聞き取る場面 |
| 支払査定 | 死亡保険金の事故状況の整理、請求書類の記載不備の点検、不正・異常請求の兆候の洗い出し | 大:診断書と契約内容を見比べて不備を拾い出せる |
| 苦情対応 | 苦情内容の分類と募集人別の傾向の分析、規制当局向け報告書類のドラフト | 中:定められた区分に沿って仕分けと集計ができる |
負荷が最も集中するのは 新契約査定 の工程です。告知書に書かれているのは被保険者の自己申告で、その裏づけになるのは診断書や人間ドックの結果という別々の様式の書類です。
査定の担当者は、既往症の記載と検査値の食い違いを一件ずつ拾い、社内の引受基準のどこに当たるのかを探します。書ききれていない既往症があれば、募集人を通じて確かめ直します。
生命保険の査定が神経を使うのは、見落としが表に出るのが数年後だからです。今日の判断の甘さは、被保険者が亡くなったあとに、告知義務違反をめぐる争いという形で現れます。その一方で、募集人からは早く結果がほしいと催促が入ります。
ここに手を入れると、査定の担当者は書類を読み比べる時間ではなく、 どこを募集人に確かめ直すか を決めることに時間を使えます。前の募集支援の工程では差し戻しの理由が見えるようになり、後ろの支払査定は告知の論点が整理された状態で始められます。
「極小」とした請求受付は、身内を亡くした直後の受取人から、いつ何が起きたのかを聞き取る工程です。相手の様子を見ながら言葉を選ぶ場面なので、人の手元に残して構いません。
生命保険で最初に取り組むべきAI活用、3つ
繰り返し起きていて、誤れば契約者や当局との関係に響く業務から着手します。第1セクションの二つの軸で見ると、新契約査定の入口と、募集支援、そして苦情対応が上位に並びます。
反社会的勢力の確認を、契約の途中でも続ける
一件目の起点は二つあります。代理店や営業職員から申込のデータが届いた時点と、契約が続いている間に巡ってくる決まった曜日です。AIは契約者・被保険者・死亡保険金受取人の氏名と住所を取り出し、社内に蓄えた反社会的勢力の情報と過去の謝絶記録に照らします。
結果は契約ごとの確認記録として保存され、該当の疑いがあるものだけがコンプライアンス部門に知らされます。いまは計上の前の一度きりで終わりですが、受取人が入れ替わった契約や、加入後に名前が挙がった相手も 同じ記録の上で拾える ようになります。
根拠まで戻って見るのはコンプライアンスの担当者です。引受を断るのか、既にある契約をどう扱うのかを決めるのは、新契約査定の責任者になります。
商品改定のたびに作る説明資料を、下書きから始める
二件目は、改定の内容が確定し、新しい約款と販売資料が所定の場所に保存された時点から動きます。AIが読むのは、改定後の保障内容と支払事由、注意喚起情報として伝えるべき事項、そして過去の苦情で説明不足を指摘された論点です。
出てくるのは、募集人向けの商品説明資料と、面談で使うトークスクリプトの下書きです。文書として保管場所に残り、営業推進の担当者に業務チャットで知らせが届きます。これまでは商品部が一から書き起こしていましたが、 直すところから始まる 形に変わります。
目を通すのは営業推進の担当者です。契約概要や注意喚起情報との食い違いがないかを見ます。その資料で募集人が何を話すことになるのかの責任は、会社の募集管理の側に残ります。
寄せられた苦情を、募集人ごとの傾向に変える
苦情の記録が窓口で入力された時点で、三件目の仕組みが動きます。AIは記録された内容を読み、募集時の説明、支払や給付の取り扱い、手続きや事務のどれに当たるのかを、社内で定めた区分に沿って仕分けます。
仕分けた結果は一件ずつ返るのではなく、苦情の一覧表に行として積み上がります。募集人や代理店ごと、商品ごとに数がまとまるため、これまで期末にならないと見えなかった傾向が、 途中でも読み取れる 形になります。
中身を見るのはお客様対応の担当者です。区分の当て方が実態とずれていないかを確かめます。募集品質の問題として代理店へ伝えるかどうかの判断は、募集管理の担当が担います。
業務に組み込むまでの4ステップ
ここでは「募集人向け商品説明資料・トークスクリプト作成」を例に進めます。新しいシステムを作る話ではなく、改定の情報と販売資料の間に通り道を引く作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
説明資料に使う情報は、すでに社内にあります。
- 改定後の約款と、契約概要・注意喚起情報の記載
- 商品ごとの保障内容、支払事由、支払われない場合の条件
- 過去の苦情で説明不足を指摘された論点と、募集人からよく出る質問
新しく作るものはありません。保管場所が分かれているなら、見に行く先を一箇所にまとめます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
起点は、改定の内容が確定し、新しい約款と販売資料が所定の場所に保存された時点です。手が空いたときに始める形では、改定が重なる時期ほど後回しになり、資料が整わないまま募集が始まります。
3. 判断の基準を設定しておく
何をどこまで書くのかを文章にし、一箇所にまとめて設定しておきます。商品部のベテランが書き分けている中身を、 外に書き出す作業 です。
- 支払事由は、支払われる場合より先に、支払われない場合を書く
- 他社商品との比較は、募集人向けの資料であっても優劣に触れない
- 改定前の契約に加入している人への説明は、別の項に分けて書く
この工程がいちばん時間を取られます。書き分けの理由が経験の中にあり、文章になっていないためです。一度まとめれば、次の改定でも使い回せます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
下書きは販売資料の保管場所に文書として残し、営業推進の担当者に業務チャットで知らせます。画面に出して終わりにしません。担当者は募集人へ配る前に、 契約概要との食い違い がないかを確かめます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 審査を経ていない下書きが、募集の現場に出てしまう :募集人向けの説明資料は、社内の審査を通ってはじめて使えるものです。体裁が整っているほど、審査前の版が業務チャットで先に回ります。下書きと分かる表示を入れ、配布先と保管場所を審査後の版と分けます。
- 改定前の約款を参照したまま動き続ける :商品改定のたびに、約款も帳票の項目名も変わります。参照先を古いファイルに向けたままにすると、間違いに見えない資料が出来上がります。改定の作業手順に、参照先の切り替えを一項目として書き加えます。
- 転換や特別条件付きの契約が、区分から外れる :苦情の仕分けでも告知の点検でも、転換した契約、特別条件が付いた契約、払込免除の特約が絡む案件は、通常の区分に収まりません。当てはまらないものは無理に振り分けさせず、担当者が目で見る列に寄せます。
生命保険のAI活用は、どこから考えればいいか
AIが効くのは、社内の引受基準や商品ごとの条件という 書かれたルール に照らして同じ判断を繰り返す業務で、ご遺族とのやりとりと、契約を解除するかどうかの判断は人の側に残ります。紹介した三つは、いずれも照らす先が社内にあり、誰が確かめるのかを決めやすい業務です。
すべてを一度に進める必要はありません。 手をつけるのは一つの業務で足ります 。そのとき使うのも、届いた申込のデータ、改定後の約款、窓口に記録された苦情といった、すでに手元にある記録です。

