地方銀行に、そもそもAIは必要なのか
どの業務にAIを入れるかは、二つの問いで絞り込めます。その判断を月に何度繰り返しているか。そして誤ったとき、誰にどんな形で跳ね返るか。繰り返しが多く、跳ね返りも重い業務が最初の候補です。
地方銀行は、地元の取引先と何十年も付き合いながら、営業店と本部が役割を分けて回しています。この二つの問いを当てると、AIが効くのは次のような業務です。
- 口座開設や継続的顧客管理で、申告された内容と登記事項証明書の記載を突き合わせる確認
- 自治体の制度融資や信用保証協会の保証付き融資で、取引先が要件を満たすかを要綱に当てはめる判定
- 入出金の動きから、通常の地場取引では説明がつかない資金の流れを拾い上げる抽出
いずれも、 照らす基準が文書として決まっている仕事です。
反対に、取引先を訪ねて後継者の有無や主要販売先の内情を聞き出す場面、融資を断ると決めてそれを社長に伝える場面には、AIを入れないほうがよいと考えます。地元での信用は、その場のやりとりの積み重ねで成り立っているためです。
断ると伝えた後も、その取引先との付き合いは続きます。そこまで引き受けられるのは、同じ地域で商売を続けている人間だけです。
ただし、この線引きは業務ごとに変わります。地方銀行のAI活用を考えるなら、自行の仕事を工程に割って一つずつ見ていくほかありません。次のセクションでは、その分け方から見ていきます。
渉外訪問から地域調査まで、負荷が大きいのはどの工程か
地方銀行の仕事は、案件が一方向に流れていくわけではありません。営業店の渉外と窓口、本部の審査や監視が、それぞれの役割で同時に動いています。工程に割ってみると、基準さえ決まれば繰り返せる仕事と、目の前の相手次第で結論が変わる仕事に分かれます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 渉外訪問 | 取引先への定期訪問、帰店後の訪問記録の入力 | 中:記録から資金需要の兆しを拾える |
| 店頭受付 | 預金・振込・諸届の受付、来店の波に合わせた窓口の配置 | 極小:来店客の事情に応じて都度応対する工程 |
| 取引時確認 | 口座開設時の反社会的勢力の確認、既存先の継続的顧客管理 | 大:確認要領に沿った照合を任せられる |
| 融資審査 | 稟議書の起案、制度融資と保証協会の要件確認 | 大:要綱への当てはめを一次判定まで進められる |
| 期中管理 | 経営改善計画の策定支援、事業承継案件の一次検討 | 中:計画書や検討資料の下書きを起こせる |
| 取引監視 | 説明のつかない資金の流れの抽出、当局向け報告 | 大:定めた基準での抽出と集計をまとめて済ませられる |
| 苦情対応 | 苦情内容の記録と分類、顧客満足度調査の集計 | 中:分類と傾向の整理まで進められる |
| 地域調査 | 地域の産業動向をまとめた資料づくり | 小:公開情報の整理はできるが見立ては人が担う |
最も時間と神経を吸い取るのは、稟議を起こす融資審査の工程です。地元の中小企業から届く決算書は、会社と代表者個人の資金が入り混じっていたり、役員貸付が長く残っていたりして、数字だけでは事業の実態がつかめません。
渉外担当が訪問で見聞きした話、つまり後継者がいるのか、主要な販売先が地場でどう見られているのかといった事柄を、稟議の文章に翻訳する作業に時間がかかります。
さらに地方銀行の審査には、行内の格付基準に加えて、信用保証協会の保証要件や自治体の制度融資の要綱という行外の基準がかかります。同じ一件を二通りのものさしで当て直す手間が、起案のたびに発生します。
当てはめの部分を肩代わりさせると、担当者の手元に残るのは取引先の先行きをどう読むかという仕事です。どの要綱のどの条項に照らしたのかが記録に残るため、異動をまたいでも判断の筋道を追えます。
「極小」とした店頭受付は、記帳の相談も相続の届出も、来店した方の事情を聞いてその場で進め方を決める工程です。判断を前もって決められないぶん、AIを入れる先としては後回しで構いません。
地方銀行で最初に取り組むべきAI活用、3つ
最初に手をつけるなら、毎日のように繰り返していて、なおかつ誤れば行政処分や信用の失墜につながる業務です。第1セクションの二つの軸に当てはめると、取引の入口に置かれた確認と、審査の手前に置かれた要件の判定が上位に並びます。
継続的顧客管理の見直しを、期日に先回りして片づける
起点は日付です。取引先ごとに定めた継続的顧客管理の見直し期日の一か月前になると、仕組みが動きます。AIは、前回の確認記録と現在の登記事項証明書、届出済みの代表者や実質的支配者の申告を照らし、自行に蓄えた反社会的勢力に関する情報や過去に謝絶した先の記録と突き合わせます。
照合の結果は確認記録の一覧に積み上がり、申告と登記が食い違った先だけが業務チャットで営業店に届きます。期日が来てから該当先の書類を一件ずつ取り寄せる手間は、ここでなくなります。
知らせを受けるのは営業店の事務役席です。食い違いの中身は渉外担当が取引先に当たって確かめ、取引を続けるかどうかの結論は本部のコンプライアンス部署が出します。
地場の資金の流れから、説明のつかない動きだけを拾う
こちらは日々の取引データの締めが起点になります。営業日の取引が締まった時点で、AIは口座ごとの入出金を読み、届出された業種や事業の規模、その先の過去の資金の動き方と照らして、説明のつかない動きを抜き出します。取引先の多くが地場の中小企業であるため、収穫期や観光の繁忙期に伴う季節の波も基準に含めます。
毎朝、明細を端から順に追う作業はなくなります。抜き出された取引は監視の一覧に積み上がって担当部署に知らせが飛ぶため、説明がつかなかった分から読み始められます。
一覧に目を通すのは本部で監視を担う担当者です。背景が読めない先は営業店へ照会をかけ、届出を上げるかどうかの決裁は統括責任者が握ります。
制度融資の要件当てはめを、面談の前に済ませる
取引先から受け取った決算書と事業計画書が、営業店の所定の保管場所に取り込まれた時点で仕組みが動きます。AIは、自治体の制度融資や補助金の要綱、信用保証協会の保証要件を参照し、売上の推移、既存の保証付き融資の残り、業種の区分を照らして、適合しそうな制度を並べます。
並べた結果は案件一覧の行になり、渉外の担当者に知らせが届きます。要綱を一つずつ開いて読み比べる下調べから入る必要はなく、候補が挙がった状態が出発点になります。
挙がった候補は渉外の担当者が原資料に戻って確かめます。どの制度で保証協会に持ち込むかを選ぶのは、営業店の融資担当役席の役目です。
業務に組み込むまでの4ステップ
ここでは「地元企業向け補助金・制度融資の適合チェック」を例に説明します。新しい仕組みを一から作る話ではなく、すでにある保管場所と一覧表の間に、情報の通り道を一本引く作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
要る情報は、すでに行内にあります。
- 取引先から受け取った決算書と事業計画書
- 自治体と信用保証協会が公表している制度の要綱
- 過去に持ち込んで通った案件と、差し戻された案件の記録
新しく作るものはありません。営業店ごとに散らばっているなら、参照先を決めます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
決算書が所定の保管場所に取り込まれた時点を起点にします。渉外担当が思い立って始める形にすると、決算期の訪問が重なるほど後回しになります。
3. 判断の基準を設定しておく
何をもって要件を満たすとみなすのかを文章にまとめ、一箇所に設定しておきます。AIは毎回そこを参照します。ベテランが要綱を読みながら頭の中で当てはめている手順を、 文章の形にして残す作業です。
- 売上の減少幅は、どの期とどの期を比べて見るのか
- 既存の保証付き融資が残っている場合、枠をどう数えるのか
- 業種が複数にまたがる先は、どちらの要件で見るのか
この工程がいちばん時間がかかります。担当者ごとに当てはめ方が揺れているためです。一度書き留めれば、年度の改定があっても差分を直すだけで済みます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
判定の結果は案件一覧の行として積み上げ、適合しそうな先は業務チャットで渉外の担当者に知らせます。画面に出して終わりにはしません。原資料に戻って確かめるのは渉外担当、 持ち込みの可否を決めるのは融資担当役席と、先に決めておきます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 代替わりで実質的支配者が変わる:長年の取引先ほど、役員の交代や株式の移転が申告されないまま残ります。前回の確認結果をそのまま引き継ぐと、古い情報で問題なしと判定します。登記に変更がある先は判定させず、渉外担当に確認を戻す経路を作ります。
- 要綱が年度替わりで改定される:自治体の制度融資や補助金の要件は毎年のように変わります。古い要綱を参照したまま適合と出れば、保証協会への持ち込みで差し戻されます。判定結果には参照した要綱の年度を並記させ、年度が古いものは適合と表示させない決まりにします。
- 抜き出された取引を感覚で消す:地場の取引には収穫期や観光の繁忙期という波があり、担当者は「いつものこと」と片づけがちです。理由を残さず消すと、後の検査で判断の根拠を示せません。消した理由を書き残す欄を一覧に設けます。
地方銀行のAI活用は、どこから考えればいいか
冒頭で引いた線は、照らす先が文書になっている仕事と、相手の顔を見ないと決められない仕事との間にありました。取り上げた三つは前者に寄っています。当てはめる基準が要綱や確認要領として手元にあるため、誰がどこを見直すのかまで決められるからです。
八つの工程を一度に変える話ではありません。手をつけるのは一つの工程で足ります。使うものも、前回の確認記録、日々の入出金、取引先から預かった決算書と、すでに行内にあるものばかりです。

