ベンチャーキャピタル・プライベートエクイティに、そもそもAIは必要なのか
VC・PEファンドのAI活用を考えるときの判断軸は2つです。同じ判断を月に何度も繰り返しているか、そしてその判断を間違えたときに何が起きるか。この2つが両方大きい業務ほど、AIを入れる価値が出ます。
ファンドでは、1人のキャピタリストが複数の投資先と、出資者であるLP(リミテッド・パートナー)の双方に向き合います。AIが効くのは、次のような業務です。
- 投資先の取締役会に向けて、月次の数字から支援の論点を拾い出す作業
- 投資契約書・株主間契約書を、自社の標準条項と突き合わせる作業
- 投資委員会資料やLP向け報告書の下書き
どれも、過去の委員会資料や自社の契約ひな形といった決まった基準に照らして、同じ確認を繰り返しています。
一方、起業家との面談や、投資実行・エグジットの最終判断にはAIを入れないほうがよいと考えます。面談は、事業計画の数字では見えない起業家の人物と覚悟を、対面で見極める場です。投資判断は、ファンドがLPに対して責任を負う意思決定だからです。
ただ、この線引きは業務ごとに変わります。同じ投資先支援でも、月次数値の点検と、経営陣の交代を切り出す場面とでは向き不向きが正反対です。次のセクションで、業務を工程に分けて見ていきます。
ソーシングからLP報告まで、負荷が大きいのはどの工程か
VC・PEの業務を工程に分けると、案件を探して投資するまでの前半と、投資後に価値を高めて報告する後半とで、AIの効き方が大きく違うことが見えてきます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| ソーシング | 候補企業の一次スクリーニング、ピッチ資料の読み込み | 中:投資方針に合わない案件のふるい分けを任せられる |
| 起業家面談 | 起業家との面談と事業の議論 | 極小:人物と覚悟は対面でしか見極められない |
| DD | 財務・法務DD資料の要点整理、バリュエーション算定 | 中:大量の開示資料から論点の候補を抜き出せる |
| 投資委員会 | 投資委員会向け説明資料の作成 | 大:過去の委員会資料の型に沿った下書きを任せられる |
| 投資契約 | 投資契約書・株主間契約書の条項確認 | 大:自社ひな形との差分の洗い出しを任せられる |
| バリューアップ | 月次KPIの確認、経営支援提案資料の作成 | 中:数値の異常検知と提案の下書きまでを任せられる |
| エグジット | IPO・M&Aの候補先リサーチ | 小:候補の整理まで。売却先と時期の判断は人 |
| LP報告 | 運用報告書の作成、LP問い合わせへの一次回答 | 大:定型の報告書と回答文の下書きを任せられる |
負荷が最も大きいのはバリューアップの工程です。キャピタリストは複数の投資先を並行して担当し、各社から月次の試算表やKPI資料を受け取ります。ところが、様式も指標の定義も会社ごとにばらばらです。
そのため担当者は、資料を開くたびに「先月と何が違うか」「計画からどれだけずれたか」を自分で拾い直しています。取締役会の前には、そこから支援の論点を組み立て、提案資料に落とす作業が重なります。
ここに手を入れると、前後の工程も変わります。異常の兆しが早く見えれば、追加出資やエグジットの検討を前倒しできます。月次の点検結果がそろっていれば、LP報告の下書きもそこから組み立てられます。
起業家面談を「極小」としたのは、投資するかどうかの手前にある信頼関係づくりそのものだからです。ここを効率化の対象にすると、ファンドの目利きの土台が崩れます。
ベンチャーキャピタル・プライベートエクイティで最初に取り組むべきAI活用、3つ
繰り返し発生していて、かつ間違えると投資先やLPへの影響が大きい業務から手をつけるのが定石です。次の3つは、第1セクションの2軸で見たとき、どちらも高く出た業務です。
取締役会の前に、投資先への支援の論点をそろえておく
バリューアップの工程の話です。予定管理ツールに入っている投資先の取締役会の日程が近づくと、仕組みが動き出します。AIは投資時に合意した事業計画、直近までの月次推移、自社が蓄積してきた支援メニューの一覧を参照し、計画とのずれと、それに応じた支援策の候補を書き出します。
書き出した内容は提案資料の下書きとして文書作成ソフトで保存され、担当キャピタリストに業務チャットで知らせが届きます。これまでは会議の直前に数字を読み直して論点を探していましたが、下書きを直すところから始められます。
どの支援を提案するかは、経営陣との関係を知る担当キャピタリストが決めます。AIの書き出しは論点の候補にとどめ、提案の中身と伝え方の責任は担当者が持ちます。
投資委員会の資料を、過去に問われた論点に沿って下書きする
案件管理の一覧表で、ある案件のステータスを「投資委員会付議」に切り替えた時点が起点です。AIが読むのは、DDの要点メモ、バリュエーションの算定結果、そして過去の委員会資料と委員から出た質問の記録です。それらをもとに、自社の資料の型に沿って下書きを組み立てます。
完成した下書きは、案件ごとのフォルダに文書として保存されます。今は担当者がDD資料を読み返しながら章立てを一から起こしていますが、委員が過去に繰り返し突いてきた論点が、最初から項目として並んだ状態で作業に入れます。
投資の妥当性やリスクの評価を書き込むのは担当キャピタリストです。委員会で説明責任を負うのも担当者とパートナーであり、AIの下書きは論点の漏れを防ぐ枠として使います。
修正版の契約書を、自社のひな形と条項ごとに照らし合わせる
投資契約の工程では、相手方や共同投資家の弁護士から投資契約書・株主間契約書の修正版が届き、案件フォルダに保存されたときに動きます。AIは自社の標準ひな形と、過去の案件で受け入れた条項・拒んだ条項の記録を参照し、優先株の内容や拒否権、ドラッグ・アロング(売却時の同調条項)などの差分を洗い出します。
洗い出した差分は、表計算ソフトの条項確認表に1条項1行で追記されます。修正版が届くたびに旧版と見比べて赤字を追っていた作業が、確認表の新しい行を上から見ていく作業に変わり、交渉の往復で書き換わった箇所を見落としにくくなります。
差分が許容範囲かを判断するのは担当キャピタリストで、法的な有効性の最終確認は顧問弁護士が担います。AIが「差分なし」とした条項も、重要条項は人が原文で確かめます。
業務に組み込むまでの4ステップ
ここでは、3つ目に紹介した「投資契約書・株主間契約書の条項チェック」を例に説明します。新しいシステムを作るのではなく、すでにあるツールの間に情報の通り道を一本作る作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
使う情報は、どれもすでに社内にあります。
- 自社の投資契約書・株主間契約書のひな形
- 過去の案件で最終的に締結した契約書
- 交渉の中で受け入れた条項・拒んだ条項のメモ
担当者ごとのメールや個人フォルダに散らばっていることが多いので、ファイル保管サービスの一箇所にまとめます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
相手方から修正版が届いたら、案件フォルダに保存する。この保存を合図に仕組みが動くようにします。担当者が思い出して操作する形にすると、交渉が立て込む時期ほど使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
ここがいちばん時間のかかる工程です。パートナーや経験の長いキャピタリストが、頭の中で無意識に引いている線を、文章にして一箇所に書き留めます。たとえば次のようなものです。
- 優先株の残余財産分配で、自社が受け入れる条件の幅
- 投資先の経営陣や他の株主に認める拒否権の範囲
- 追加出資時の希薄化防止条項で、譲れない点と譲れる点
一度書き留めれば、次の案件からはAIがそこを参照し続けます。新しく加わったキャピタリストが判断の癖を学ぶ資料にもなります。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
差分は表計算ソフトの条項確認表に追記し、担当キャピタリストに業務チャットで通知が届くようにします。担当者は確認表を見て許容できるかを判断し、重要な変更は顧問弁護士に回します。判断の結果も同じ表に残すと、次の交渉の記録になります。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 秘密保持の範囲を超えて読み込ませてしまう:投資先との秘密保持契約や組合契約には、情報の利用目的や開示先の制限があります。どの資料をAIに読み込ませてよいかを、契約の条件と照らして先に決めておきます。
- 投資先の資料様式が変わって流れが止まる:資金調達後に管理部門の担当者が替わったり、会計の仕組みを入れ替えたりすると、月次資料の項目が変わります。受け取った時点で項目のそろい方を確かめ、変わったら担当者に知らせが届くようにします。
- LPごとの個別条件を取りこぼす:特定のLPとだけ結んだサイドレター(個別の取り決め)の内容は、LP向け報告書や問い合わせへの回答を下書きするときに抜け落ちがちです。該当するLPには一覧で印をつけ、そのLP宛ての文書は必ず人が確認します。
ベンチャーキャピタル・プライベートエクイティのAI活用は、どこから考えればいいか
第1セクションでは、起業家と向き合う場や投資の最終判断は人が担い、決まった基準で同じ確認を繰り返す業務にAIが効く、と線を引きました。紹介した3つは、どれも自社の過去の資料や契約ひな形という基準が手元にある業務です。
全部を一度に仕組みにする必要はありません。まず1つの業務から始めれば十分です。契約ひな形も過去の委員会資料も、すでにファイル保管サービスや担当者の手元にあり、そこから着手できます。

