PR会社・代理店に、そもそもAIは必要なのか
PR会社でAI活用を考えるときの判断軸は2つです。1つは、同じ判断を月に何回繰り返しているか。もう1つは、その判断を外したときに何が起きるかです。
見積の工数区分をひとつ取り違えれば、受注した案件がそのまま赤字になります。両方が大きい業務から手をつけるのが順当です。
この2軸を当てはめると、AIが効くのは次の業務です。
- 過去案件の構成と単価に照らした提案書・見積書の下書き
- 掲載実績と記者の執筆テーマを突き合わせるメディアリストの整理
- 日々のネット上の言及から炎上の兆しを拾う監視
いずれも 判断のよりどころが社内に残っている 作業で、案件をまたいで同じ照らし方を繰り返しています。
反対に、記者への個別打診と、記者発表会での受け答えは、AIに寄せないほうがよい業務です。どの記者がいま何を追っていて、この情報をいつ出せば載るのか。それは過去の掲載実績ではなく、直前のやりとりの温度で決まります。
会見の場でどこまで答え、どこから持ち帰るかも、 クライアントの信用を預かる判断 です。担当者が自分の名前で引き受ける領域は残ります。
ただし線引きは業務の単位で変わります。同じ危機管理広報でも、初動の文案づくりは過去の事例に照らせますが、謝罪の踏み込み方は経営陣と詰める話です。そこで次は、PR会社の仕事を工程に割って見ていきます。
オリエンから効果測定まで、負荷が大きいのはどの工程か
PR会社の仕事は、クライアントからのオリエンを受けてから、掲載結果を報告するまで一本の線でつながっています。工程に割ると、社内に残った記録に照らす作業と、相手の反応を見て決める作業がはっきり分かれます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| オリエン | 広報課題と発表予定の聞き取り | 小:相手の期待を引き出す場で、毎回中身が違う |
| 企画提案 | PR戦略提案書の作成、コンペ向け見積書の作成 | 大:過去案件の構成と単価に照らした下書きを任せられる |
| メディアリスト | 記者と媒体の選定、アプローチ順の設計 | 大:執筆テーマと掲載実績の突き合わせを任せられる |
| 素材制作 | プレスリリース、起用提案、社内報原稿の作成 | 大:自社の型に沿った初稿を起こせる |
| メディア折衝 | 記者への個別打診、取材日程の調整と同行 | 極小:記者ごとの関係と間合いで決まる |
| 発表対応 | 記者発表会の運営資料、想定問答の準備 | 中:問答の洗い出しはできるが、当日の受け答えは人 |
| 評判監視 | ネット上の言及の収集、炎上兆候の選別 | 大:決めた基準での選別を毎日繰り返す |
| 効果測定 | 掲載記事の整理と論調の判定、月次報告書の作成 | 大:同じ観点での分類が毎月発生する |
人の時間と神経がいちばん削られるのは、 企画提案 です。PR会社の提案は競合前提で進み、受注に至らなかった分の作業にも費用は出ません。
それでも手は抜けません。提案書にはどの媒体にどんな切り口で当てるかという打ち手を書き込み、見積にはその打ち手ごとの工数と媒体費を積み上げることになります。
担当者が実際に時間を取られているのは、書く作業そのものより、その前の 集め直し です。似た業種の案件がどこに保存されているか、あのときの工数区分はどう切ったか、記者発表会の運営費はどの水準で見たか。過去の提案書と明細を開いては閉じる往復が続きます。
ここに手が入ると、オリエンで聞き取った内容がそのまま提案の土台として残り、受注後のメディアリスト作成でも同じ記録を引けるようになります。
表で「極小」としたメディア折衝は、記者がいまどのテーマを追っていて、この案件をいつ持ち込めば嫌がられないかを、直前のやりとりから読む仕事です。過去の実績には出てこないため、ここは担当者が抱えたままになります。
PR会社・代理店で最初に取り組むべきAI活用、3つ
着手の順番は、同じ判断を繰り返している回数と、外したときの影響の大きさで決まります。はじめに挙げた2つの軸で並べると、提案書と見積の下書き、メディアリストの整理、インフルエンサー起用の提案が上位に来ます。
見積と提案書の下書きを、過去案件から起こす
起点はオリエンの記録です。ヒアリング項目に沿って入力フォームから送られた内容がファイル保管サービスに保存されると、仕組みが動きます。
AIが参照するのは、社内にまとめた工数区分と媒体費の単価表、そして業種と予算帯が近い過去案件の提案書と見積明細です。ここからPR戦略の構成案と、打ち手ごとの明細の下書きを起こします。
出てくるのは、案件一覧表に積まれた行と、そこから開ける見積明細です。過去案件を探すところから始めていた進め方が、並んだ明細を直す進め方に変わります。
明細を見るのは、その案件の責任者です。値引きの幅と、記者発表会の運営費のように案件ごとに振れる項目は、単価表どおりでは済みません。金額に署名するのは人の側です。
どの記者に当てるかを、掲載実績から並べ直す
二つ目は曜日で動きます。毎週決まった曜日になると、AIがクライアントの直近の発表予定と、社内の掲載実績一覧、記者ごとの執筆テーマの記録、打診に反応が返ってきたかどうかの記録を読み比べます。そのうえで、案件ごとに当てるべき記者と媒体を、優先順位をつけて並べます。
結果は表計算ソフトのメディアリストに行として積まれ、アカウント担当者に業務チャットで知らせが届きます。個人の手控えにしかなかった候補が、 チームで見える一覧 になります。
並び順を直すのは、その媒体を担当しているメディアリレーション担当です。前回いつ連絡したか、直近で断られていないか。記録に出てこない温度感で、当てる順番は入れ替わります。
インフルエンサーの起用可否を、先に選別する
三つ目が動き出すのは、クライアントから起用の相談が届いた時点です。相談内容が案件一覧に登録されると、AIは自社にまとめた起用可否の基準を参照します。過去に炎上した事案の類型、クライアントの業種と相性が悪い発信内容、競合ブランドとの契約状況。これらに照らして候補を絞り、外すべき候補には理由を添えます。
出力は起用提案資料のドラフトとして文書作成ソフトに保存され、担当者に通知が届きます。候補の名前を並べてから一人ずつ過去の発信をさかのぼっていた流れが、絞られた候補の裏取りから始まる流れに変わります。
最後に目を通すのは、クライアントのブランドをどこまで守るかを知っているアカウント責任者です。 起用の是非を引き受ける のは、提案した側です。
業務に組み込むまでの4ステップ
ここでは「記者・メディアリストの整理」を例に通して説明します。新しいシステムを作る話ではなく、すでに使う表計算ソフトとファイル保管サービスの間に、情報の通り道を一本引く作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
必要な記録は、すでに社内にあります。
- 過去の掲載記事の一覧と、当てた記者名
- 記者ごとの執筆テーマと直近の話題の控え
- 打診に返事が来たか、断られたかの記録
- クライアントの発表予定
新しく作るのではなく、置き場所を決めるだけです。担当者の手元に散っているなら、先に 一箇所へ集めます 。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
人が思い出して開く形にすると、案件が重なった週に飛びます。PR会社なら、決まった曜日をきっかけにするのが自然です。週明けに発表予定を見て当てる先を決める流れが、すでにあるからです。ここを決めないと、結局は使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
いちばん時間のかかる工程です。ベテランが無意識にやっている選び方を、文章にして一箇所にまとめます。たとえば次のような基準です。
- 同じ記者に短い間隔で別案件を持ち込まない
- 過去に同じテーマを書いている記者を上位に置く
- 一般紙と業界紙のどちらを先に当てるかは、発表内容の新しさで決める
言葉にするのは骨が折れますが、 一度まとめれば案件をまたいで使い回せます 。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
画面に出して終わりにはしません。表計算ソフトのメディアリストに、優先順位と理由の列がついた行として積み、アカウント担当者に業務チャットで知らせが届くようにします。目を通すのは、その媒体を担当している人です。打診に動く前に、順番と方針を確かめます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 記者名簿が古いまま動き続ける :媒体側の担当替えや休刊は、こちらに知らせが来ません。古い宛先を並べ続けると、優先順位そのものが外れます。打診の結果を書き込む欄を一覧表に持たせ、宛先が変わった時点で書き換える担当を決めておきます。
- 解禁前の情報が混ざる:クライアントの未公表案件や、解禁日つきで預かった資料が参照先のフォルダに紛れることがあります。 発表前の資料は保管場所を分け 、仕組みが読む範囲から外しておきます。
- 広告であることの表示が抜ける:インフルエンサー起用の提案では、広告と分かる表示をどこに入れるかまで決めないと、景品表示法の不当表示に触れます。起用提案の様式に表示方法の欄を設け、空欄のまま先に進めない形にします。
PR会社・代理店のAI活用は、どこから考えればいいか
はじめに引いた線は、社内に記録が残っている作業と、記者や経営陣との直接のやりとりで決まる作業の間にありました。今回の3つは、どれも過去の案件記録や自社の基準という参照先が社内にあり、最後に人が名前を出して確かめる箇所がはっきりしています。だから 線の内側 に入ります。
全部に手を入れる必要はありません。提案が重なる時期に一番手が止まる業務を1つ選び、そこだけ通してみれば十分です。 必要な記録は、すでに過去の案件の中にあります 。

