経営・戦略コンサルティングに、そもそもAIは必要なのか
戦略コンサルティングでAIを入れる先を選ぶときは、業務ごとに 2つの物差し を当てます。その判断が月のうち何度立ち上がってくるか。取り違えたときに、誰の意思決定が狂うか。どちらも大きい業務から手をつけるのが順当です。
一つのプロジェクトでは、調べる人、数字を組む人、スライドを書く人が同時に動きます。AIが効くのは次のような業務です。
- 進出候補の国ごとに、外資規制や代理店との商習慣を同じ項目で調べてそろえる作業
- 分厚い報告資料を、経営会議で決めてほしいことだけに絞った要約に落とす作業
- 顧客インタビューの発言録から、立てた仮説を支える発言と覆す発言を拾い分ける作業
どれも、調べる項目や仕分けの基準が先に決まっていて、案件をまたいで同じ手順をなぞります。
逆に、合宿やステアリングコミッティで経営陣の議論を進める場、実行段階で各部門のキーパーソンを巻き込む場は、人が持つべき業務です。誰が何に抵抗しているかを表情と沈黙から読み取り、その場で問いの順番を組み替える仕事だからです。提言を推すと決めた責任 を引き受けるのも、その席に座るパートナーです。
線の引き方は、同じ言葉でくくった業務の中でも割れます。市場分析でいえば、規模の試算はAIの側に、参入すべきかどうかの結論づけは人の側に落ちます。だから自社の業務は工程まで割って見る必要があります。次は、プロジェクトの流れに沿って工程ごとの負荷を並べます。
提案・受注から実行伴走まで、負荷が大きいのはどの工程か
案件ごとに中身は違っても、プロジェクトの進み方はどれもほぼ同じです。工程に分けて並べると、どこで同じ作業を繰り返しているのかが見えてきます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 提案・受注 | RFPの読み込み、提案書の作成、過去の類似案件の探索 | 中:似た案件の探索は任せられる |
| 論点設計 | 論点ツリーの組み立て、検証する仮説の設定 | 極小:クライアント固有の事情から立てる判断 |
| 情報収集 | 進出先の規制・商習慣の調査、インタビュー発言録の整理、業界レポートの読み込み | 大:項目が決まった調べものをそろえて出せる |
| 分析・試算 | 市場規模の試算、複数シナリオの感度分析、候補企業のスクリーニング | 大:前提を置いた計算と候補の振り分けを繰り返せる |
| 提言づくり | ストーリーラインの検討、実行阻害要因の洗い出し | 中:抜け漏れの点検まで。結論の絞り込みは人 |
| 報告・討議 | 経営会議向け資料の作成、合宿やワークショップの運営 | 中:会議資料の下書きまで。討議の進行は人 |
| 実行伴走 | 実行状況の定例確認、関係部署のキーパーソンの整理 | 小:進捗の整理にとどまる |
最も負荷が集中するのは 提言づくり です。分析で出てきた選択肢は複数あり、そのどれを推すかは事実の積み上げだけでは決まりません。クライアントの経営陣が実際に動かせるかどうかで、パートナーとマネージャーが何度も議論して一本に絞ります。
やっかいなのは、推す結論が変わると、それを支える根拠の並べ方まで全部変わることです。前の版で脇役だった数字が主役になり、主役だった数字が付録に落ちます。マネージャーは、検証の済んだ同じ分析結果を、順番と見出しを替えて何度も組み直すことになります。
ここで、結論が変わるたびに「この提言を実行に移すとき何が邪魔をするか」の点検表が自動で作り直されれば、討議の土台が版ごとにそろいます。手前の分析・試算でどの前提を残したかも追えるようになり、報告の場で前提を聞かれて資料をさかのぼる時間が減ります。
一方、論点設計 を極小と判定したのは、そこで立てる論点がクライアントの社内事情や過去の意思決定に強く縛られるからです。同じ業界の同じテーマでも、前の年に何が否決されたかで、置くべき問いが変わります。
経営・戦略コンサルティングで最初に取り組むべきAI活用、3つ
この3つを先に置いたのは、同じ判断の回数と、外したときの影響がともに大きいからです。第1セクションの2つの物差しで上位に来るのは、調べる項目が決まっているのに案件ごとに一から組み直している業務です。
進出候補の国を、同じ項目で並べて調べる
情報収集の工程で、いちばん人手がかかる部分です。候補となる国のリストが案件フォルダに確定すると動き出します。
AIは、過去の海外案件で作った国別の調査シート、現地の法律事務所や会計事務所からの回答メモ、公開されている規制情報を読み込みます。外資の持株上限や代理店契約の解除条件といった項目ごとに、比較表を埋めていきます。
出力先は、案件フォルダに置いた国別比較表です。行が国の数だけ増え、空欄が「まだ調べていないこと」の一覧になります。いまは若手が国ごとに白紙から調べ、後で表の形をそろえ直していますが、その組み直しがなくなります。
確認するのは、空欄と、出典の書かれていないセルです。規制の解釈が結論を左右する項目は、現地の専門家に当て直すかをマネージャーが決めます。進出の可否そのもの は、この表の上では決まりません。
分厚い報告資料を、決議にかかる1枚に絞る
経営会議の数営業日前という決まったタイミングで動きます。報告・討議の工程にあたる仕組みです。
AIが見るのは、その時点までに固まった報告スライド一式と、その会議体で過去に何が決議事項として上がったかの記録です。そこから、今回決めてほしいこと、選べる案、案ごとの前提を先頭に置いた要約を組み立てます。
要約は文書として案件フォルダに保存され、担当マネージャーに通知が届きます。いまは報告の直前に、誰かが一晩かけて圧縮している部分です。討議の前に、絞った版がすでに手元にあることになります。
数字には必ず元のスライド番号を添えさせ、パートナーが対応を突き合わせます。何を決議事項として経営会議に上げるか は、社内の力学を知っているパートナーの判断です。
発言録から、仮説を覆す発言を拾い上げる
同じ情報収集でも、入口は人から聞いた話です。インタビューの書き起こしが保管先に入ると、その日のうちに処理が始まります。
AIは、論点設計の工程で作った論点ツリーと、その案件の仮説一覧を参照し、発言録の一つひとつを、どの論点に関わるか、仮説を支えるのか覆すのかで仕分けます。
結果は、論点ツリーの各論点の下に発言が紐づいて並び、担当者に通知が届きます。いまは聞いた本人の記憶を頼りに、印象に残った発言だけが議論に上がりがちです。都合の悪い発言が、書き起こしに埋もれたままになりません。
見るべきは、仮説を覆す側に分類された発言 です。それが一人の事情なのか、対象者に共通する話なのかは、インタビューに同席した担当者にしか判断できません。
業務に組み込むまでの4ステップ
進出候補の国を同じ項目で調べる例で説明します。開発ではなく、保管先と表計算ソフトをどうつなぐかの話です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
読む情報は3つです。対象国リスト、現地の専門家からの回答メモ、過去の海外案件の調査シート。新しく作るものはありません。
ただ、調査シートは担当者ごとのフォルダに散らばっています。どの案件のどの国か分かる名前で一箇所に寄せます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
対象国リストが案件フォルダの決まった場所に保存されたときを合図にします。人が思い出すのではなく、保存という出来事が引き金です。
立ち上がりは慌ただしく、後回しの作業は戻りません。人の記憶を頼りにした仕組みは、二つ目の案件で止まります。
3. 判断の基準を設定しておく
何をどう見るかを文章にして一箇所にまとめ、AIがそこを毎回参照するようにします。ベテランが国を見るとき無意識で確かめる順番を、外に書き出す作業です。
書き留めるのは、次の3つです。
- 必ず埋める項目(外資の持株上限、必要な許認可、代理店契約の解除条件、支払い慣行)
- 出典として認める情報(政府の公表資料と現地専門家の回答は可、出所不明の要約は不可)
- 確認できなかった項目の書き方(推測で埋めず「未確認」と残す)
ここが いちばん時間を取られる工程 です。ただ、一度書けば別の国でも使い回せます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
結果は、国別比較表に行として増えます。画面に出して終わりにしません。未確認の項目数を添えた通知が担当マネージャーに届きます。
見るのは、リスト更新の翌営業日です。未確認の項目を専門家に問い合わせるかを マネージャーが決めます 。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 規制の情報は、調べた時点で古くなります。 出資比率の上限や代理店契約の解除条件は改正されます。国別比較表の各行に情報の取得日を必ず書かせ、取得日が古い行には印が付くようにして、提言に使う前にそこだけ調べ直してください。
- 未確定の前提が、決まったことに見えます。 経営会議向けの要約は短いぶん、まだ討議中の数字も断定の形で並びます。読んだ役員が社内で動き出すと、後から戻せません。確定していない項目には「仮」と明記させ、パートナーが会議前にその印を確かめます。
- 発言録には、匿名を条件にした話が混ざります。 顧客や業界関係者は、社名が出ない前提で内情を話しています。書き起こしをそのまま保管先に入れず、社名と役職を伏せた形に直してから取り込む手順を、先に決めてください。
経営・戦略コンサルティングのAI活用は、どこから考えればいいか
第1セクションで線を引いたのは、経営陣の議論を進める場や、実行段階で人を巻き込む場です。相手の反応を見て出方を変える仕事は、人に残ります。ここで挙げた3つはそのどれでもなく、調べる項目も仕分けの基準も先に決まっている、判断の手前をそろえる作業 です。
3つ全部に手をつける必要はありません。いま抱えている案件で一番繰り返している1つ から始めれば十分です。必要なのは、すでに事務所にある過去の調査シートと報告資料、そしてそれを置く保管先だけです。

