組織人事コンサルティングに、そもそもAIは必要なのか
AIを入れる値打ちは、二つのものさしで測れます。同じ見分け方を案件をまたいで何度使い回しているか。外したとき、後の工程でどれだけ取り返しがつかないか。 この二つが重なる業務が、仕組みにする値打ちのあるところです 。
制度案を一本書いて終わる作業や、その場で直せる間違いなら、急いで手をつける必要はありません。
効くのは、組織診断のあとに待っている課題の構造化です。サーベイのスコアと階層別ヒアリングの発言録を、同じ論点の下に並べ替える作業は、案件が変わっても繰り返されます。
制度導入時の説明資料づくりと、買収先の人事リスクを洗い出す労務デューデリジェンスも同じです。確認する項目が決まっていて、見落とせば後から効いてきます。
反対に、AIを入れないほうがよい仕事もあります。アセスメントの結果を前に、特定の人物の登用を勧めるかどうかを述べる場面がその一つです。
もう一つは、診断で見えた問題の原因が役員本人にあるとき、それを報告書のどの言葉で書くかを決める判断です。 どちらも、名前を出して意見を述べた側が責任を引き受ける前提で成り立っています 。
この線は業務ごとに引き直すものです。同じ事務所でも、制度設計を主にしている担当とM&A案件に入っている担当では、繰り返している判断がまるで違います。人事コンサルティングのAI活用は、自分たちの仕事を工程に分けて、どこに同じ判断が積み上がっているかを見るところからです。
提案づくりから定着支援まで、負荷が大きいのはどの工程か
組織人事コンサルティングの仕事は、一本の線で流れません。制度設計の案件とM&Aの案件、アセスメントの案件が、別々の依頼として同時に走ります。役割ごとに分けて並べると、どこに人の手が張り付いているかが浮かび上がります。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 提案づくり | 引合いへの提案書作成、過去の類似案件の事例集め | 中:似た案件を探す手順が決まっている |
| 組織診断 | サーベイの設計と配信、階層別ヒアリング、自由記述の読み込み | 大:スコアと発言を論点ごとに束ねられる |
| 人事データ分析 | 勤怠・評価・異動履歴の集計、離職者の属性の洗い出し | 大:同じ切り口での集計を繰り返せる |
| 制度設計 | 等級・評価・報酬テーブルのたたき台、職務記述書の起草、報酬水準の市場比較 | 中:たたき台は型に沿って組める |
| 労使説明 | 制度案を組合や従業員代表へ説明し、移行措置の線を引き直す | 極小:その場の反応で譲る点が変わる |
| 人材アセスメント | 面談録と評価シートの統合、後継者候補の一覧づくり | 中:記録の突き合わせまでは任せられる |
| 労務デューデリ | 買収先の開示資料から未払い残業や協定の漏れを洗い出す | 大:確認項目を一件ずつ当て直せる |
| 定着支援 | 制度説明資料づくり、評価者研修の企画、経営層への提言 | 中:説明資料の下書きまでは作れる |
制度設計の重さは、作業量ではなく後戻りのできなさから来ています 。等級の刻み方と報酬テーブルを一度動かせば、全社員の給与がその線に乗り換わります。いま払っている額より下がる人をどう扱うか、何年かけて移すかまで決めないと、案として置けません。
担当が時間を取られているのは、たたき台そのものではなく、現行の給与データに新しい表を当てて一人ずつ並べ直す作業です。移行措置の条件を少し変えるたびに、この当て直しをやり直します。役員に見せる場も、組合に説明する場も、この一覧がないと始まりません。
ここが軽くなると、前の人事データ分析は集計の締め切りに追われずに済み、後ろの労使説明では譲り方の相談に時間を使えます。
労使説明を極小としたのは、筋書きより、その場で出た反論にどこまで応じるかで結果が決まるからです。 相手の表情と力関係を読む部分は、記録に残しようがありません 。
組織人事コンサルティングで最初に取り組むべきAI活用、3つ
三つとも、案件が変わっても同じ確認を繰り返していて、抜けたときにクライアントの労使関係や買収の条件へ跳ね返ります。第1章の二つのものさしが、どちらも大きく振れる業務です。
サーベイの点数と面談の発言を、同じ論点に束ねる
サーベイの回収が締め切りを迎え、集計ファイルと階層別ヒアリングの記録がプロジェクトの保管先にそろった時点で動きます。AIは、設問ごとのスコアと部署別の差、発言録の中で同じ事柄に触れている箇所を拾い、事務所が使っている論点の枠組みに沿ってまとめ直します。
出てくるのは、論点ごとにスコアと発言が並んだ一覧です。これまでは集計表と発言録を二つ開き、付箋を貼りながら手で対応づけていました。 スコアの低い設問に、裏づけの発言が付いた状態から読み始められます 。
担当コンサルタントが見るのは、まとめ方が論点とずれていないか、少数の強い発言が全体の傾向のように置かれていないかです。どれを報告書の柱に据えるかは、人が決めます。
新しい等級と評価の説明を、現行との差分から書き起こす
移行措置の条件が固まり、制度案が確定版として保管先に登録されると動きます。AIは現行の規程と新しい等級・評価の定義を突き合わせ、社員から見て何が変わるのかを、給与・昇格の道筋・評価の付き方の順に並べ直します。
結果は説明会資料の下書きとして保存され、過去の案件で実際に出た質問と回答案が末尾に付きます。いまは人事部と何度も往復しながら、想定問答を一から起こしています。 下書きがあれば、直すところから始められます 。
人事部の担当者と制度を設計したコンサルタントが、言い換えの過程で条件が緩く読める表現になっていないかを確かめます。不利益変更に触れる書き方かどうかの最終判断は、人が持ちます。
買収先の労務リスクを、開示資料に当てて一覧にする
M&Aの案件で、買収先の開示資料がデータルームに上がった通知を受けた時点で動き出します。AIは開示された規程類と勤怠の記録を読み、事務所が持っている確認項目の一覧に照らして、裏づけの見当たらない項目を拾い上げます。
拾われた項目は案件ごとのリスク一覧表に行として積まれ、根拠になった資料の箇所が並びます。これまでは限られた開示期間のうちに、担当が資料を一式めくって手で拾っていました。 開示が追加されるたび、一覧が足されていきます 。
担当は、挙がらなかった項目が本当に問題ないのか、資料が出ていないだけなのかを見分けます。買収価格の調整や表明保証に載せるかどうかは、案件のパートナーが決めます。
業務に組み込むまでの4ステップ
労務デューデリジェンスを例に四つの手順を見ます。新しい仕組みを作るのではなく、いま使っている保管先と一覧表の間をつなぐ作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
労務デューデリで見るものは、すでに事務所とデータルームの両方にあります。
- 買収先が開示した就業規則・賃金規程・労使協定の写し
- 直近の勤怠記録と給与台帳
- 過去の案件で使ってきた確認項目の一覧
新しく作るものはありません。置き場所を決めるだけです。三つ目が手元に散っているなら、先に一箇所へまとめます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
合図は、開示資料が案件のフォルダに保存された時です。M&Aの開示は一度で終わらず、追加の資料が何度も届きます。人が思い出して操作する形だと、締め切り間際の追加分が抜けます。 保存を合図にすれば、届いた順に確認が積み上がります 。
3. 判断の基準を設定しておく
腰を据えることになるのはここです。ベテランが開示資料をめくりながら頭の中で当てている確認項目を、文章にしてまとめます。
- 時間外労働の上限を超えた月が、直近二年のどこにあるか
- 三六協定の特別条項が、実際の残業時間と合っているか
- 固定残業代の額が、規程に書かれた時間数と一致しているか
書き出すと、 ベテランほど条文ではなく過去の指摘事例で見分けている ことが分かります。一度まとめれば次の案件でも使えます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
挙がった指摘は、案件のリスク一覧表に行として足します。担当には業務チャットで通知が届き、根拠の資料名が添えられます。追加開示の翌営業日に一覧を上から見る、と決めておきます。買収条件に載せるかを選ぶのは、案件のパートナーです。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 開示資料が紙のままだと止まります :労務デューデリで受け取る労使協定の写しは、押印された紙を撮っただけのことがあります。文字が拾えないと、その項目だけ黙って空欄になります。読み取れなかった資料を「未確認」として一覧に残す決まりにしておきます。
- 社員の区分ごとに当てる規程が違います :出向者・嘱託・組合員と非組合員では、適用される規程も協定も別です。一本の規程で全員に当てると、問題のない待遇が違反として挙がります。確認項目の一覧に、どの区分に当てるかを書き添えておきます。
- 自由記述は個人が見えてしまいます :サーベイの自由記述を部署別に束ねると、人数の少ない部署では誰の発言かが読み手に分かります。匿名で答えてもらった前提が崩れ、次の調査の回答率に響きます。一定人数を下回る単位では束ねない線を、先に決めておきます。
組織人事コンサルティングのAI活用は、どこから考えればいいか
線の引き方は、第1章で見たとおりです。名前を出して意見を述べる場面と、書きぶりで人の立場が変わる判断は人に残り、 確認する項目が決まっていて繰り返される作業は仕組みに寄せられます 。今回の三つは、どれも案件が変わっても同じ項目を当て直している業務です。
三つとも同時に始めなくて構いません。 いちばん案件数の多いものを一つ選び、確認項目の一覧を書き出すところから で十分です。サーベイの集計ファイルも過去の指摘事例も、すでに事務所の中にあります。

