法律事務所に、そもそもAIは必要なのか
法律事務所でAI活用を考えるときの判断軸は2つあります。同じ判断を月に何回繰り返しているか、そしてその判断を誤ったときに何が起きるかです。案件はどれも事情が違って見えますが、この2つがともに大きい業務ほど、AIを入れる価値が出ます。
AIが効くのは、次のような業務です。
- 受任前に、相手方や関係会社に反社会的勢力との関わりがないかを調べ、記録に残す作業
- 契約書の条項を読み、自事務所の修正例に照らしてリスクのある条項を拾う作業
- 相手方から戻ってきた修正版と手元の版を突き合わせ、どこが変わったかを洗い出す作業
どれも、過去の案件で積み上げた 修正例や判定の基準 に照らした、同じ確認の繰り返しです。
一方、初回面談で依頼者から事情を聴取する場面と、相手方代理人との和解交渉には、AIを入れないほうがよいと考えます。
依頼者は自分に不利な事実を最初から語るとは限りません。言い淀みや表情を察して質問の順番を組み替えるのは、その場にいる弁護士にしかできません。和解の落としどころも、 依頼者の名で責任を負う 弁護士が決めることです。
ただ、この線引きは業務単位で変わります。同じ契約書審査でも、様式の決まった秘密保持契約と、前例のない業務提携契約とでは向き不向きが逆になります。次のセクションで、案件の流れに沿って工程ごとに見ていきます。
相談受付から報告・請求まで、負荷が大きいのはどの工程か
法律事務所の業務を案件の流れに沿って分けると、AIの効き方が工程ごとにはっきり違うことが見えてきます。書類と基準を突き合わせる工程と、人と向き合う工程とで、性質が正反対だからです。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 相談受付 | 相談予約の受付、事情の聴き取りとメモ作成 | 中:顧問先からのメール相談の一次回答まで |
| 利益相反チェック | 相手方と関係者の照合、反社会的勢力の確認 | 大:過去の調査記録との突き合わせを任せられる |
| 証拠整理 | 契約書やメールの時系列整理、争点の洗い出し | 大:時系列表の組み立てを任せられる |
| 法令・判例調査 | 論点ごとの条文と裁判例の検索、調査メモ作成 | 中:候補の一次整理まで、当てはめは人 |
| 契約書審査 | リスク条項の抽出、修正案の作成、差分確認 | 大:条項ごとの一次チェックを任せられる |
| 書面作成 | 準備書面・答弁書・内容証明のドラフト | 中:型の決まった書面の下書きまで |
| 交渉・期日対応 | 相手方代理人との交渉、法廷での期日対応 | 極小:出方を見て方針が変わる |
| 報告・請求 | 依頼者への結果説明、作業時間の集計と請求 | 小:説明資料の言い換えまで |
最も負荷が集中するのは 契約書審査 です。顧問先から届く契約書は、案件の重さに関係なく「次の役員会まで」といった相手の日程で期限が決まります。
担当弁護士が時間を取られているのは、判断そのものより手前の読み直しです。一本ごとに全条項を通読し、責任制限・解除・裁判管轄といった条項を自事務所の修正例と照らし、過去に同じ相手方と結んだ契約との整合も確かめます。
さらに相手方の修正版が戻るたび、条番号の繰り下がりや別紙の差し替えを含めて全文を読み直します。この往復が、 同じ契約書を何度も最初から読む 時間を生んでいます。
ここに手を入れると前後も変わります。一次チェックが早く出れば、顧問先と修正方針を相談する時間が残り、書面作成や交渉に回す余力も出ます。
交渉・期日対応を「極小」としたのは、そこが条件の金額ではなく、相手方が何を譲れないと考えているかを読む場だからです。基準を設定しておける性質の判断ではありません。
法律事務所で最初に取り組むべきAI活用、3つ
繰り返し起きていて、かつ誤ると依頼者に実害が及ぶ業務から手をつけるのが定石です。次の3つは、第1セクションで挙げた2つの軸、つまり月あたりの回数と誤ったときの影響が、どちらも高く出た業務です。
受任前の反社チェックを、下書きまで先に作る
利益相反チェックの工程です。新規相談の受付フォームが送信された時点で仕組みが動きます。
AIは、フォームに書かれた依頼者・相手方・関係会社とその代表者の名前を読み、社内のドキュメント管理ツールに蓄えた過去の調査記録と、自事務所の判定基準に照らして、調査レポートの下書きを組み立てます。
下書きは表計算ソフトの受任審査一覧に1件1行で追記され、担当弁護士に業務チャットで知らせが届きます。これまでは担当者が名前を一つずつ検索し直していましたが、 確認済みの項目と未確認の項目 が分かれた状態から始められます。
公開情報に当たって未確認欄を埋めるのは弁護士です。受任するかどうかの判断も、最後は弁護士が負います。
英文契約書を、日本法との違いつきで読む
契約書審査の工程にも、始まり方の違う使い方があります。海外の取引先から届いた英文契約書を、案件フォルダの決まった場所に保存すると動き出します。
AIは対訳を作ったうえで、自事務所がまとめた日本法との相違点の一覧を参照し、準拠法や裁判管轄、損害賠償の上限、秘密保持の存続期間といった条項が日本の契約慣行とどう食い違うかを注記します。
戻ってくるのは注記入りの対訳文書で、同じフォルダに保存されます。辞書を引きながら全文を訳していた段階を飛ばし、注記のついた条項から検討に入れます。
訳語が取引の実態と合っているか、注記された相違が今回の取引で問題になるかは、担当弁護士が原文と並べて見極めます。
相手方の修正版を、差分一覧にして受け取る
起点は、相手方の代理人から修正版が返ってきたときです。メールに添付された契約書を案件フォルダに保存すると、手元の直前版との突き合わせが始まります。
AIは条文の追加・削除・文言の変更を拾い、別紙や附属書類の差し替えも含めて一覧にします。自事務所が譲れない条項として整理している項目に触れる変更には、印が付きます。
出来上がった差分一覧は担当弁護士にメールで届き、案件フォルダにも残ります。二つの版を並べて目で追っていた作業が、 印の付いた変更から見る 作業に変わります。
その変更を受け入れるかどうかは弁護士が決めます。依頼者への説明と最終的な締結の可否は、案件を担当するパートナーの判断です。
業務に組み込むまでの4ステップ
1つ目に挙げた受任前の反社チェックを例に説明します。新しいシステムを作る話ではなく、すでにあるツールの間に情報の通り道を一本作る作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
使う情報は、 どれもすでに事務所の中にあります 。
- 受付票に書かれる依頼者・相手方・関係会社と代表者の名前
- 過去の案件で調べて判定した結果の記録
- 顧問先ごとの取引関係と、受任を断った理由のメモ
担当者ごとの手控えに散らばりがちなので、保管先を一箇所に決めます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
きっかけは、新規相談の受付フォームが送信された時点です。電話で受けた相談も、受付票をフォームに入力する運用にそろえます。
人が思い出して操作する形にすると、相談が重なった日ほど後回しになり、使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
ここがいちばん時間のかかる工程です。経験の長い弁護士が受任前に確かめていることを、 文章にして一箇所にまとめ ます。たとえば次のようなものです。
- 依頼者本人のほかに、どこまでの関係会社と役員を調べるのか
- いつまでの公表情報をさかのぼって見るのか
- どの程度の記載があればヒットとみなし、弁護士の確認に回すのか
- 顧問先と利益が衝突しうる関係を、どの範囲で洗い出すのか
一度まとめておけば、次の相談からAIがそこを参照します。新しく入った弁護士が受任方針を学ぶ資料にもなります。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
下書きは表計算ソフトの受任審査一覧に追記し、担当弁護士に業務チャットで通知が届くようにします。
確認するのは初回面談の前です。未確認欄を弁護士が埋め、結果を同じ一覧に書き戻すと、判定基準を見直す記録になります。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 条番号の繰り下がりや別紙の差し替えで取りこぼす :相手方が一条を削ると以降の条番号がすべて繰り下がり、中身の同じ条項まで変更として並びます。別紙と条番号の扱いを先に決め、様式の崩れた契約書は弁護士が全文を読む対象に分けます。
- 出典を確かめられない記述が混ざる :判例や条文の調査では、実在しない裁判例や条文の言い換えが下書きに紛れることがあります。用途は論点の当たりを付けるところまでに限り、書面に載せる前に原典まで戻って確かめる担当を決めます。
- 案件の情報が案件の外に出る :未公表の紛争情報や顧問先の取引条件が、担当していない弁護士の見られる場所に入ると、弁護士法上の守秘義務と利益相反の管理に触れます。案件ごとに保管先と閲覧範囲を区切り、AIが参照する記録も同じ単位でそろえます。
法律事務所のAI活用は、どこから考えればいいか
第1セクションでは、依頼者から事情を聴き取る場や相手方との交渉は弁護士が担い、 決まった基準 で同じ確認を繰り返す業務にAIが効く、と線を引きました。紹介した3つは、どれも自事務所の判定基準や修正例という照らす先が、すでに手元にある業務です。
全部を一度に仕組みにする必要はありません。 まず1つの業務から 始めれば十分です。受付票も過去の調査記録も契約書の旧版も、事務所の中にすでにあり、そこから着手できます。

