会計事務所に、そもそもAIは必要なのか
AIを入れて元が取れる仕事には、共通点があります。同じ判断が月に何度も回ってくること。そして取り違えたときの影響が、あとから静かに効いてくることです。
会計事務所の仕事は、この二つが重なる場所にあります。顧問先の帳簿を預かっている以上、誤った科目で締めた試算表は、そのまま社長の判断の土台になるからです。
会計事務所のAI活用が効くのは、たとえば次の仕事です。
- 顧問先から届いた領収書や請求書に、どの勘定科目を当てるかを決める仕事
- 拠点ごとに集まった月次データで、同じ内容が別の科目に入っていないかを確かめる仕事
- 補助金の募集要項を読み、顧問先が要件に当てはまるかを見る仕事
どれも、 事務所として決めた科目の当て方 や募集要項の要件という、動かない基準に照らす繰り返しです。
一方、月次報告会で社長と向き合う時間は、人が引き受ける場面です。数字の説明そのものより、社長がどの数字に反応したかを見て、その場で話す順番を組み替える必要があります。
銀行への同行も同じです。質問の出方から次に出す資料を選ぶ仕事で、 顧問先の言い分を金融機関に通じる形に言い換える 役目でもあります。
どこに線を引くかは顧問先によっても変わります。記帳をすべて預かっている顧問先と、自社で入力して確認だけを頼まれている顧問先とでは、任せられる範囲が違います。まず自分の事務所の一か月を工程に分けてみる必要があります。
資料回収から銀行同行まで、負荷が大きいのはどの工程か
会計事務所の一か月は、顧問先から資料を預かるところから始まり、社長への報告と資金の話で終わります。この流れを工程に分けると、同じ事務所の中に性質のまるで違う仕事が並んでいることが見えてきます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 資料回収 | 証憑と通帳の預かり、不足資料の催促 | 小:不足の洗い出しまで |
| 記帳・仕訳 | 証憑からの仕訳入力、勘定科目の判断 | 大:科目の当て方の下書きまで |
| 残高照合 | 請求書と入出金記録の突合、会計システム移行時の引き継ぎ確認 | 大:漏れと重複の検出まで |
| 月次決算 | 試算表の締め、増減の大きい科目の確認 | 大:説明のつかない数字の洗い出しまで |
| 巡回監査 | 顧問先での帳簿確認、経理担当者からの質問対応 | 中:一次回答の下書きまで |
| 月次報告 | 経営者向け資料の作成、報告会での説明 | 中:平易な言い換えと分析コメントまで |
| 資金調達支援 | 資金繰り表の更新、融資申込資料と補助金申請書の作成 | 大:要件の確認と下書きまで |
| 銀行同行 | 融資面談への同席、返済計画の説明 | 極小:その場の質問で出す資料が変わる |
最も負荷が集中するのは記帳・仕訳です。顧問先の多くは、月が締まってから証憑をまとめて送ってきます。担当者が抱える顧問先の数だけ、科目をどう当てるかの判断が同じ週に折り重なります。
時間を取られているのは入力の手数ではありません。 この顧問先では、この支出をどの科目で通してきたか を思い出す作業です。
修繕費か資本的支出か、福利厚生費か交際費か、外注費か給与か。一度決めた扱いを途中で変えると、前年同月との比較が意味を失い、決算のときに説明のつかない増減として残ります。
しかも顧問先ごとに事情が違います。建設業のように工事ごとの原価を追う顧問先が混ざれば、科目の当て方そのものを切り替えることになります。
ここが軽くなると、後ろの工程の姿が変わります。 締めの直前に見つかっていた科目の取り違え が記帳の段階で一覧になり、巡回監査の日には数字の確認ではなく商売の話に時間を使えます。
銀行同行に余地がないのは、事務所がそこで担っているのが数字の説明ではないからです。社長が言いたいことを金融機関に通じる形に言い換え、その場の空気で次に出す資料を選んでいます。あらかじめ決めた基準が使えない場面です。
会計事務所で最初に取り組むべきAI活用、3つ
三つの並び順には理由があります。第1章の二つの軸、繰り返しの多さと取り違えたときの影響を掛け合わせたとき、上位に来るのがこの三つだからです。いずれも顧問先の資金に直接触れます。
補助金に合う顧問先を、募集が出た週に洗い出す
起点は募集要項が公開されることです。公募の情報が集まる場所を定期的に確認する仕組みを作り、新しい募集を拾った時点でAIが動きます。AIは要項の要件を、事務所が持つ顧問先の決算書、従業員数、設備投資の予定と突き合わせます。
戻り先は二つあります。該当しそうな顧問先の一覧が担当者に通知で届き、続けて申請書の下書きが顧問先ごとの保管先に文書として残ります。所長が要項を読んでから顧問先の顔を思い浮かべていた状態から、 名前の並んだ一覧を見て声をかける 状態に変わります。
一覧に上がった顧問先に実際に勧めるかは、担当者が決めます。申請に手が回るかは顧問先の事情次第で、通らなかったときに矢面に立つのは事務所だからです。
経理の問い合わせに、過去の回答をそろえて返す
二つ目は巡回監査の合間に絶え間なく発生します。顧問先の経理担当者から、入力フォームやメールで「この支払はどの科目か」「この処理で合っているか」という質問が届いた時点が起点です。
AIは、事務所が過去に同じ質問へ返した回答の記録と、その顧問先で続けてきた科目の扱い、経理の手順書に照らして回答案を組み立てます。回答案は顧問先ごとの問い合わせ記録に一行ずつ並び、巡回監査の前日に担当者の手元へ届きます。
手の空いた人が思い出しながら返信していた状態から、過去の扱いと食い違う回答案には印がついて出てくる状態に変わります。確認するのは担当者で、 税務の判断を含む質問は所長が引き取ります 。
拠点ごとにばらけた科目を、統合の前に突き合わせる
三つ目は、複数の店舗や事業を抱える顧問先で動きます。各拠点の月次データがファイル保管サービスの決められた場所に保存されたときが起点です。
AIは事務所が作った科目の対応表と前月までの仕訳の傾向に照らし、対応の取れない科目と、同じ内容が拠点によって別の科目に入っている箇所を洗い出します。結果は不一致の一覧として、拠点の経理担当者へ差し戻しの依頼という形で届きます。
統合後の試算表を見て、どちらの科目に寄せるかを決めるのは事務所です。部門別の損益を社長に説明する責任が事務所にある以上、寄せ方の判断は手放せません。
業務に組み込むまでの4ステップ
一つ目の、補助金に合う顧問先を洗い出す例で説明します。新しいシステムを作る話ではなく、いまあるツールの間に情報の通り道を引く作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
使う情報は、 新しく集め直すものがありません 。
- 顧問先ごとの直近の決算書と、従業員数の分かる名簿
- 設備投資や採用の予定を聞き取った面談の記録
- 過去に申請を手伝った案件の記録と、通らなかった理由
すでにある資料の保管先を決めるだけです。面談の記録は担当者の手帳に散らばりがちなので、共有できる場所へ集めます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
きっかけは、募集要項が公開されることです。公募の情報が集まる場所を毎週決まった曜日に確認する形にして、新しい募集を見つけたら流れが始まるようにします。
所長が気づいたときに調べる形のままだと、記帳の締めと重なった月はそのまま流れます。
3. 判断の基準を設定しておく
ここがいちばん時間のかかる工程です。募集要項を読み慣れた人が無意識に飛ばしている見方を、文章にしてまとめます。
- 業種と規模の要件を、顧問先のどの書類の数字で当てはめるか
- 設備投資の予定がどこまで固まっていれば候補に入れるか
- 一度通らなかった顧問先を、次の募集でどう扱うか
一度まとめれば、次の募集でも翌年度でも同じ基準が使えます 。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
一覧を画面に表示して終わりにすると、締めの忙しい週には誰も見ません。該当しそうな顧問先は担当者への通知として届き、申請書の下書きは顧問先ごとの保管先に文書で残します。
確認は顧問先に声をかける前です。要件の読み違いがないかを担当者が見て、勧めるかどうかを決めます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 顧問先が科目を増やして、突合が静かにずれる :拠点ごとの科目の対応表は、顧問先の経理担当者が新しい科目を作った時点で古くなります。不一致として上がらないため、気づくのは決算のときです。科目を増やしたら事務所に知らせてもらう約束にして、対応表を誰が直すかを決めます。
- 経理の質問に紛れて、税務の判断を求める質問が届く :「この支出は経費で落ちますか」という形の質問は、日常の問い合わせに混ざって来ます。仕分けないまま回答案が職員の名前で返ると、税理士でなければできない仕事に踏み込みます。受け付けた時点で分ける決まりを作り、該当するものは所長に回します。
- 巡回監査の現場で読まれずに積み上がる :訪問中に聞かれたことはその場で答えるのが早く、事務所に戻ってから記録を開く習慣は続きません。回答案は事務所の中に留めず、訪問の前日にその顧問先の質問とまとめて担当者の手元へ届くようにします。
会計事務所のAI活用は、どこから考えればいいか
第1章で引いた線をもう一度なぞります。AIが受け持てるのは、事務所として決めた科目の当て方や募集要項の要件のように、 照らす先が文字になっている仕事 です。社長の反応を見ながら話す順番を選ぶ場面は、これまで通り人の仕事です。三つを選んだのは、どれも前者に入るからです。
三つを 一度に始める必要はありません 。問い合わせの多い事務所なら二つ目から、拠点の多い顧問先を抱えているなら三つ目から始められます。決算書も面談の記録も、顧問先との仕事ですでに触れている資料です。

