シンクタンクに、そもそもAIは必要なのか
受託研究はテーマが案件ごとに入れ替わるため、どこにAIが効くのか見えにくい仕事です。価値が出るかを決めるのは、扱うテーマではありません。
判断軸は2つです。同じ判断を月に何度繰り返しているか。そして間違えたとき、何が起きるか。回数が多く、誤りが公表される報告書の記述にまで届く業務ほど、仕組みにする値打ちがあります。
シンクタンクのAI活用が効くのは、次のような業務です。
- 集めた統計と文献を、決まった書式の一覧に整理する作業
- 公募要領と仕様書から、企画提案書の骨組みをつくる作業
- 報告書の記述が、挙げた出典に遡れるかを確かめる作業
いずれも、書き方の決めごとが社内ですでに定まっていて、それに照らした同じ確認が案件のたびに発生します。
反対に、検討会で有識者委員とやりとりする場面は人が担うべきです。委員の指摘のどれを本文に反映し、どれを議事要旨にとどめるかは、調査全体の結論を負う主査の判断だからです。
委託元の担当課と仕様を詰める場面も同じです。報告書がその年度の施策のどこで使われるのかは、会話の中からしか出てきません。
線引きの位置は、業務の名前ではなく中身で決まります。文献調査という一つの作業の中でも、対象年次と定義を書き写す部分にはAIが入り、複数の研究の食い違いをどう扱うかという部分は研究員の領分として残ります。
受託研究の工程ごとに、その境目がどこにあるのかを次のセクションで見ていきます。
公募・提案から納品・公表まで、負荷が大きいのはどの工程か
受託研究の仕事を案件の流れに沿って工程に分けると、AIの効き方が工程ごとにはっきり違うことが見えてきます。資料と数字を扱う工程と、人と合意をつくる工程が、同じ案件の中で交互に現れるためです。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 公募・提案 | 公募要領の読み込み、企画提案書と見積の作成 | 大:提案書の骨組みづくりを任せられる |
| 調査設計 | 仕様書と調査項目の対応づけ、工程表の作成 | 中:項目の抜けの検査まで |
| 文献・統計収集 | 統計と先行研究の収集、海外事例の洗い出し | 大:出典と定義の書き出しを任せられる |
| ヒアリング | 有識者への聴き取り、発言録からの論点整理 | 中:論点の抜き出しまで |
| 分析・推計 | 指標の時系列の確認、推計の前提条件の整理 | 中:異常値の検知と前提の一覧化まで |
| 検討会運営 | 委員会の日程調整と資料説明、指摘への対応 | 極小:委員の反応で進め方が変わる |
| 報告書作成 | 図表の作成、記述と出典の突き合わせ | 大:事実関係の検査を肩代わりできる |
| 納品・公表 | 報告会資料の作成、概要版と広報文の用意 | 大:言い換えの候補出しまで担える |
最も負荷が集中するのは報告書作成です。報告書は委託元の担当課が決裁を経て公表する成果物なので、書かれている数値と記述のすべてが、出典まで遡れる状態になっていなければ世に出せません。
研究員が時間を取られているのは、文章を書く作業そのものではありません。数値ひとつごとに、使った統計の年次と版、公表値の定義が本文の言い方と合っているかを突き合わせていく作業です。
もう一つが、検討会で出た委員の指摘を、本文のどこにどう反映したかを追う作業です。指摘は複数回の会合に分かれて出るうえ、本文に織り込んだ箇所と、別添の資料にとどめた箇所が入り混じります。
ここに手を入れると、前後の工程も変わります。出典の欠けが早く見つかれば、文献・統計収集の工程に戻って原典を取り直せます。反映の状況が一覧で見えていれば、次の検討会でその場のまま示せます。
検討会運営を「極小」としたのは、そこが資料を読み上げる場ではなく、委員それぞれの専門から出る指摘を、その場で調査の枠組みに収め直す場だからです。すべての工程を仕組みにできるわけではありません。
シンクタンクで最初に取り組むべきAI活用、3つ
手をつける順番は、繰り返しの回数と、間違えたときの影響の大きさで決まります。第1セクションで挙げた2軸です。次の3つは、案件が動くたびに同じ形で発生し、この両方が高く出た業務です。
報告会の資料から、担当課に通じない言葉を洗い出す
報告会用の説明資料を案件フォルダに保存した時点で、仕組みが動きます。納品・公表の工程です。AIが読むのは資料本文と、その案件の仕様書、そして過去に委託元から分かりにくいと指摘された箇所の記録です。推計の前提や専門用語が説明のないまま出てくる箇所に印を付け、言い換えの候補と補足の注記を添えます。
戻るのは、印と注記の候補が入った資料です。報告会の前に資料を一人で読み返して言い回しを直していた作業が、候補の採否を選ぶ作業に変わります。
どの言い換えを採るかは担当研究員が決めます。言い換えによって調査の結論がぶれていないかを見るのは、報告会で説明に立つ主査です。
公募要領を、提案書の骨組みに分解してもらう
公募・提案の工程にあたります。起点は、営業担当が公募案件を社内の受付フォームに登録し、公募要領と仕様書を添えた時点です。AIは仕様書の要求事項を項目ごとに分解し、過去の受託案件の提案書と、研究員の専門分野・実績の一覧を照らします。
項目ごとに、調査手法の案と類似の実績、担当できる研究員の候補が並びます。
出力は、案件一覧表に増える行と、文書作成ソフトで保管場所に保存される提案書の下書きです。要領を読みながら過去の提案書を探すところから始めていた準備を、候補がそろった状態からの絞り込みにできます。
提案する手法が仕様書の要求に答えているかは担当研究員が確かめ、実施体制と工数の妥当性は提案責任者である部長が見極めます。
集めた統計と文献を、決まった書式で並べ直す
文献・統計収集は、案件の前半をほぼ占める工程です。収集した統計表や白書、学術論文を案件の保管場所に追加すると動きます。AIは資料本体に加えて、仕様書から起こした調査項目の一覧と、自社の要約の書式を参照します。
その資料がどの調査項目に当たるか、対象年次と対象範囲、用語の定義、原典の所在を、決まった欄の形で書き出します。
結果は表計算ソフトの文献一覧に資料ごとの行として追記され、担当研究員に業務チャットで知らせが届きます。要約を自分の手元のファイルに書きためていた状態から、案件の全員が同じ一覧を見る状態になります。
書き出された定義と数値が原典と合っているかは、担当研究員が原典に当たって確かめます。報告書に引用するかどうかの判断は、この担当者が負います。
業務に組み込むまでの4ステップ
ここでは3つ目の「統計と文献の整理」を例にします。新しいシステムを作る話ではなく、すでに使っているツールの間に情報の通り道を一本つくる作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
使う情報は、どれもすでに社内にあります。
- 収集した統計表・白書・学術論文などの資料そのもの
- 仕様書から起こした、その案件の調査項目の一覧
- 過去の報告書で使った要約の欄立てと、出典の書き方の決まり
新しく作るのではなく、置き場所を決めるだけです。研究員それぞれの手元に散らばっているなら、案件ごとの保管場所を一つに決めます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
きっかけは、資料が案件の保管場所に追加された時点です。文献は調査の途中でも増え続けるので、追加のたびに新しい資料だけが読まれる形にします。研究員が思い出して操作する形にすると、検討会の直前ほど使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
ここがいちばん時間のかかる工程です。経験の長い研究員が資料を開いた瞬間に見ている点を、文章にして一箇所にまとめます。たとえば次のようなものです。
- 同じ指標に複数の公表値があるとき、どの調査を優先して採るか
- 対象年次と対象範囲の違いを、要約のどの欄に書き分けるか
- 推計値や速報値を、確定値とどう区別して記録するか
一度まとめれば、次の案件からAIがそこを参照し続けます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
書き出した要約は、表計算ソフトの文献一覧に資料ごとの行として追記し、担当研究員に業務チャットで知らせが届くようにします。原典に当たって確かめた印を同じ一覧に残すと、報告書の出典を確定するときにそのまま使えます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 白書や記事が引いている数字を、そのまま孫引きしてしまう:引用元だけを見て取り込むと、原典で定義や年次が変わっていても気づけません。要約の欄に原典の所在を必ず書かせ、そこが空欄の行は報告書に引用しない決まりにします。
- 統計の改定や系列の切り替えを取りこぼす:基準の改定や分類の見直しがあると、同じ名前の指標でも前後の数値が接続しません。系列が切り替わった時点を一覧に登録しておき、またぐ期間を扱うときに印が出るようにします。
- 委託元から預かった未公表の資料が混ざる:受託契約には、担当課から提供された未公表データや個票の取り扱いが定められています。預かった資料は別の保管場所に分け、仕組みが読む範囲から外しておきます。
シンクタンクのAI活用は、どこから考えればいいか
第1セクションで引いた線は、委員や担当課と合意をつくる場は人が担い、決めごとに照らした同じ確認の繰り返しはAIに任せられる、というものでした。紹介した3つは、どれも判断の基準が過去の提案書や報告書の中にすでにある業務です。
手をつける範囲は、はじめは狭くてかまいません。一つの業務に絞って始めれば十分です。仕様書も過去の提案書も集めた統計も、すでに案件の保管場所にあります。手元にあるものだけで着手できます。

