居酒屋・バーに、そもそもAIは必要なのか
居酒屋のAI活用をどこから始めるかは、二つの問いで決まります。その判断が一か月のうちに何度戻ってくるか。そして外したとき、保健所の指導まで行くのか、その日の利益がいくらか削れるだけで済むのか。どちらも大きい仕事ほど、 仕組みにする手間が報われます 。
この二つを当てると、先に挙がるのは次の仕事です。
- 日次の売上と客単価を読み、曜日と時間帯ごとの繁閑の傾向をつかむ作業
- 冷蔵設備の温度や原材料の受入の記録を点検し、抜けと基準外を拾う作業
- 鮮魚や酒の業者から届いた見積を並べ、前回までの単価と照らす作業
どれも、何を正解とするかが手引書や過去の伝票の側に書いてあります。
反対に、その日に入った魚を見て黒板の品書きと売価を決める仕事には、AIを置く場所がありません。同じアジでも、入りの具合と身の締まり方で、刺身に回すか南蛮漬けにするかが変わります。
常連客との距離の取り方も同じです。ボトルキープの客に新しい銘柄を勧めるのか、黙って同じものを出すのかは、その人が何杯目で、誰と来ているかで決まります。
この線は、居酒屋・バーという一言では引けません。同じ店の中でも、衛生記録の点検と、黒板の品書きを決める判断とでは、AIの置き場所がまるで違います。だから店の仕事を工程に分けて、 一つずつどちらの側か を見ていく必要があります。
予約受付からシフト組みまで、負荷が大きいのはどの工程か
居酒屋・バーの店長は、電話を取りながら発注書を書き、閉店後に売上を締めます。役割が人で分かれていないぶん、仕事の中身も混ざって見えます。受け持つ判断の種類ごとに分けると、どこに同じ作業が固まっているかが表に出ます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 予約受付 | 宴会・団体予約の電話対応、コースと飲み放題の内容確認、席割り | 中:一次回答の下書きまで用意できる |
| 仕入れ・発注 | 鮮魚と青果の発注、酒販店への注文、業者ごとの見積の比較 | 大:単価の比べ直しと発注量の下案を任せられる |
| 仕込み・提供 | 開店前の仕込み、黒板のおすすめの品書きづくり、料理と酒の提供 | 極小:その日の魚の状態で品書きが変わる |
| 衛生・記録 | 冷蔵・冷凍設備の温度記録、原材料の受入確認、手引書に沿った点検 | 大:記録の抜けと基準外の数値を拾い出せる |
| メニュー・原価 | 季節メニューの企画、原価と想定売価の計算、品目別の収益性の確認 | 中:原価の計算と収益性の並べ替えまで |
| 売上・数値管理 | 日次の売上と客単価の確認、曜日と時間帯ごとの繁閑の把握 | 大:いつもの流れから外れた日を先に示せる |
| 評判・集客 | 口コミとクレームの確認、告知文の作成、近隣店の価格調べ | 中:内容の仕分けと下書きが先に進む |
| シフト組み | アルバイトの希望収集、欠員が出たときの穴埋め | 小:必要な人数の見立てまで |
店長の時間と神経がいちばん削られるのは、 宴会と団体の予約 です。一本の電話で片づかないからです。歓送迎会の時期になると、人数は仮で押さえられ、コースと飲み放題の有無は後から決まり、開始時間も前後します。確定したと思った翌日に、二名増えたと連絡が入ります。
取られているのは、電話に出ている時間そのものではありません。予約台帳、コースの控え、席割りのメモがそれぞれ別の紙に散っていて、変更が一本入るたびに 全部を突き合わせて書き直す作業 です。
この一本が固まらないと、後ろが動きません。宴会の人数が決まらなければ、鮮魚を何人前引けばいいかが決まらず、仕込みの量も前日まで宙に浮きます。予約の中身が一箇所にまとまって見えれば、仕入れ・発注と仕込み・提供の両方が、当日の朝に慌てる仕事ではなくなります。
「極小」とした仕込み・提供は、性質が違います。入った魚の身の締まり方を見て、刺身にするか焼きに回すかを決める判断は、手引書の基準では割り切れません。魚を触っている人の手が決めています。
居酒屋・バーで最初に取り組むべきAI活用、3つ
先に手をつけるのは、繰り返しの回数が多く、外したときの影響も大きい仕事です。冒頭の二つの問いを当てると、居酒屋・バーではこの3つが上に来ます。毎日必ず発生し、見落とすと原価か記録のどちらかに穴が開くものばかりです。
売上の締めから、いつもと違う日を教えてもらう
動き出すのは、閉店後にその日の売上を締めた時点です。AIは、日ごとの売上と客数と客単価、時間帯別の伝票、飲み放題とコースの出数、去年の同じ週の数字に照らし、いつもと違う動きをした日を拾います。そのうえで、ずれの出どころが 客足なのか、一人あたりの単価なのか を分けて示します。
示された結果は店の売上一覧表に行として加わり、外れ幅が大きかった日は店長のメールに届きます。いまは月末に試算表を見て振り返っていますが、週の途中で、どの曜日のどの時間帯が薄いのかが見える形になります。
印のついた日を最初に見るのは、その日の締めをした社員です。近所で祭りがあったのか、常連の団体が他店に流れたのか、ホールが一人欠けた日だったのか。そのどれなのかは、その場にいた人にしか分かりません。そのうえで品書きや値付けに手を入れるかは、店長の判断です。
温度の記録漏れを、月末より前に拾う
二つめの起点は、その日の点検票を入力フォームから送った時点です。AIは、手引書に定めた冷蔵・冷凍設備の許容温度、原材料の受入時に確かめる項目、生食を出す日だけ増える確認事項と突き合わせ、未記入の欄と範囲を外れた数値を洗い出します。
洗い出した結果は点検記録の一覧表に日付ごとに積み上がり、範囲外があれば店長の業務チャットに知らせが届きます。月末にバインダーを開いてから空欄に気づいていたものが、 翌日の仕込みに入る前 に手元へ来ます。
空欄の理由を確かめるのは、その日の点検票をつけた衛生管理の担当者です。設備の不調なのか、単に書き忘れたのかで手当てが変わります。生食の提供を止めるかどうかは、店長が責任を持って決める判断です。
業者ごとの見積を、同じ土俵に並べ直す
三つめは、鮮魚店や酒販店の担当者から見積がメールで届いたときに動きます。AIは、同じ品目の前回までの単価、箱や本といった数え方の違い、値上げを飲む品目と他社に振る品目の線引きを見たうえで、業者をまたいで比べられる一枚に組み替えます。
組み替えた一枚はファイル保管サービスに品目別で保存され、前回より単価が上がった品目には印がつきます。単位の違う見積をノートに書き写してから電卓を叩いていた手順が、 並んだ状態から見比べる形 に変わります。
印がついた品目をどうするかを決めるのは店長です。値上げを飲んで定番を守るのか、別の魚に差し替えて品書きごと組み直すのかは、店の看板をどこに置くかの判断になります。
業務に組み込むまでの4ステップ
「仕入れ先からの見積比較資料作成」の一件で、4つのステップを通します。新しく開発する話ではなく、毎日開いているメールと、単価を書きためた表計算ソフトのあいだに、一本の流れを作る作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
使う情報は すでに店のどこかにあります 。一から作るものはひとつもありません。
- 業者から届いた見積のメールと、過去の納品書
- 品目ごとの前回までの単価を書いた控え
- 定番の銘柄と、季節で入れ替える品目の一覧
受信箱と事務所の引き出しに分かれたままなら、ファイル保管サービスへ集約します。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
起点は、見積のメールが届いた時点にします。店長が思い出して開く形にすると、宴会が続く週ほど後回しになり、単価が上がったまま注文が通ります。
3. 判断の基準を設定しておく
比べるときの線は、先に文章の形にして一箇所へ集めます。AIは見積が届くたび、そこを読んでから並べ替えます。長く仕入れを見てきた人が口に出さずに切っている線を、外に書き留める作業です。
- 刺身に回す魚は、単価が上がっても切り替えないのか
- 樽生の銘柄は、卸が変わっても同じものを続けるのか
- 数え方が箱と本で違う品目を、何を単位にそろえるのか
4つのなかで、ここにいちばん日数がかかります。 頭の中だけにあった線 を文章に直す作業は、一度では書き切れません。ただ、まとめてしまえば来期の値上げの話にもそのまま効きます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
組み替えた一枚は品目別の保管先に保存し、単価が上がった品目だけ店長の業務チャットに出します。店長は発注の締め切り前に目を通し、値上げを飲むか業者に一本入れるかを決めます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 口頭で決まった単価が、どこにも残らない:鮮魚や酒の値段は、電話口や配達に来た担当者との一言で動きます。その場の額が伝票にしか書かれていないと、見積との差を照らす先がありません。注文を受けた時点の単価を、 その日のうちに一行打ち込む 決まりにします。
- 宴会の変更が、二か所で別々に動く:人数とコースは予約台帳で直し、飲み放題の延長は当日の伝票で処理する、という分かれ方をしている店が多くあります。AIは片方しか見ないため、変更の反映されない一覧が出来上がります。予約に関わる変更は 台帳の側へ一本化 します。
- 常連の情報が、店長の頭の中にしかない:誰が何をボトルで入れているか、どの席を嫌うかは、口伝えで回っています。この状態のまま常連へのお知らせを下書きさせても、中身の薄い文面しか出てきません。名前と来店の傾向だけでも、先に一覧の形へ起こします。
居酒屋・バーのAI活用は、どこから考えればいいか
第1章で引いた線は、判断のよりどころがどこにあるかで決まっていました。手引書と過去の伝票に答えが書いてある仕事は内側、その日の魚の値付けや常連客との距離の取り方は外側です。紹介した3つが内側にあるのは、同じ様式の数字と記録が、 何もしなくても毎日積み上がっていく からです。
三つとも手をつける必要はありません。売上の締め、点検票、業者からの見積のうち、いま店長がいちばん後回しにしているものを一つ選べば十分です。どれも 今日すでに手元にある 書類で、新しく集めるものはありません。

