半導体メーカーに、そもそもAIは必要なのか
半導体メーカーでAIを入れる価値が出るかどうかは、二つの軸で見分けられます。一つは、同じ判断を月に何回繰り返しているか。もう一つは、その判断を誤ったときに何が起きるかです。この二つがどちらも大きい業務ほど、AIを組み込む価値が出ます。半導体メーカーのAI活用を考えるときも、この順番で見ていきます。
半導体は顧客の製品に組み込まれて長く使われる部品で、社内の規格や過去の記録に照らして同じ判定を繰り返す業務が多くあります。AIが効くのは、次のような業務です。
- 顧客の設計変更や採用審査に出す技術資料の作成
- 返却された不良品の、原因の切り分け
- 電気特性の検査記録から、規格を外れる方向の動きを見つける作業
いずれも判断のものさしが社内にある作業です。
一方、新しいプロセスの条件出しと、供給枠をめぐる顧客との調整には入れないほうがよいと考えます。条件出しは前例のない現象を実験で突き止める工程で、判断の基準が事前に決まりません。供給枠の調整は、相手の生産計画と自社の空き状況を見ながらその場で詰める交渉そのものだからです。
ただ、この線引きは業務ごとに変わります。同じ顧客対応でも、過去の回答に照らして答えられる問い合わせと、供給の約束を伴う話とでは向き不向きが分かれます。次のセクションでは、半導体メーカーの業務を工程に分けて見ていきます。
製品企画から輸出管理まで、負荷が大きいのはどの工程か
半導体メーカーの業務は、一つの案件が一本の線で流れていくというより、部門ごとに役割が分かれています。工程に分けて並べると、社内の規格に照らす作業と、現象を一から突き止める作業がはっきり分かれます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 製品企画 | 市況を見た生産計画の立案、開発ロードマップと競合品の性能比較の資料づくり | 中:公開情報と社内記録の下調べを任せられる |
| 回路設計 | 顧客仕様に合わせた回路の作り込み、特許出願書類の一次チェック | 小:設計は毎回違うが、出願書類の形式点検は任せられる |
| プロセス開発 | 新プロセスの条件出し、装置条件の作り込み | 極小:前例のない現象を実験で突き止める工程 |
| 試作・評価 | 信頼性試験のデータ分析、学会・展示会向け技術資料の作成 | 中:試験結果の整理と資料の下書きを任せられる |
| 量産製造 | 歩留まりデータの確認、製造装置の稼働データの管理 | 大:異常の予兆の拾い上げを任せられる |
| 品質保証 | 電気特性の検査データの傾向確認、資材・装置サプライヤーの品質監査 | 大:規格を外れる動きの拾い上げを任せられる |
| 顧客技術対応 | 設計変更・採用審査への回答資料の作成、技術的問い合わせの一次回答、不良解析 | 大:過去の回答に照らした下書きを任せられる |
| 輸出管理 | 該非判定の資料づくり、出荷先の確認 | 中:規制項目との突き合わせの下調べを任せられる |
負荷が最も集中するのは顧客技術対応です。半導体は顧客の製品に組み込まれて量産されるため、工程や資材を少し変えるだけでも、顧客ごとの様式に沿った技術資料を期限付きで作り直すことになります。
担当者は、変更点が電気特性と信頼性にどう響くかを説明する文章を書き、裏づけとなる試験データと工程フローを集め直し、顧客が過去に追加で求めてきた資料を思い出しながら添えます。同じ工程変更でも、顧客によって求められる様式と細かさが違うため、 案件ごとに一から組み立て直す形になります。
回答の内容が採用の継続に直結するので、社内の確認も何重にもなります。ここに手を入れると、担当者は資料を集めることではなく、変更が顧客の使い方にどう響くかという中身の検討に時間を使えます。前工程の量産製造や品質保証も、顧客への説明に必要な記録をあらかじめ残す形に整っていきます。
極小とした新プロセスの条件出しは、想定どおりに動かない現象を、条件を振りながら突き止めていく工程です。過去の記録は参考になりますが、何を正解とするかがその都度変わるため、判定そのものを任せられません。
半導体メーカーで最初に取り組むべきAI活用、3つ
最初に手をつけるのは、同じ判断が繰り返し起きていて、かつ誤れば採用の取り消しや出荷の停止につながる業務です。第1セクションの二つの軸で見ると、顧客の設計変更・採用審査への対応、不良品の原因分析、検査データの傾向確認がここに当たります。
工程を変えるたびの顧客向け資料を、下書きから始める
起点は、社内の工程変更の申請が承認された時点、または顧客から採用審査の質問票が届いてファイル保管サービスの受付フォルダに保存された時点です。
AIは申請の内容を読み取り、過去に同じ種類の変更でどう答えたかの記録、対象製品の電気特性データと信頼性試験の結果、顧客ごとの回答様式を照らし合わせて、回答資料の下書きを組み立てます。
下書きは案件フォルダに文書として保存され、品質保証と営業技術の担当者に業務チャットで通知が届きます。これまでは過去の回答を探し直すところから始めていましたが、 必要な項目が埋まった状態から検討に入る形に変わります。
変更点が特性に響かないと言い切れるかは、工程を担当する技術者が確かめます。顧客に出す回答として認めるかは、品質保証の責任者が決めます。
返ってきた不良品の原因に、先に当たりをつける
こちらの起点は、営業から届く不良品の受付フォームです。フォームが送信されると、AIは申し出の内容と現品の状況を読み、社内の不良モードの分類基準、過去の解析報告、該当ロットの工程データと検査記録を突き合わせ、疑わしい工程と原因の候補を並べた解析報告の下書きを作ります。
下書きは不良管理の表計算ソフトに一行として積まれ、品質保証の担当者に通知が届きます。ロット番号から記録をさかのぼる手作業が、 候補が並んだ状態から解析の手順を決める作業に置き換わります。
挙がったロットと工程データの対応が正しいかは、解析を担当する技術者が確かめます。原因を確定して顧客に報告する内容は、品質保証の責任者が判断します。
検査記録から、規格を外れる兆しを拾う
三つ目は決まった時刻に動きます。電気特性の検査データが更新された翌朝、AIが品番ごとの規格値と管理の幅、過去に不良につながった変動の記録に照らして、規格の中心から離れる方向に動いている項目を拾い上げます。
結果は品質管理の一覧表に日々の所見として積み上がり、品質保証と製造の担当者に通知が届きます。規格を外れてから記録をさかのぼる動きが、 兆しの段階で手当てを考える動きに変わります。
測定器側の変動か工程の変化かの切り分けは、検査を担当する技術者が確かめます。ラインの条件を変えるか、様子を見るかの判断は、製造の責任者が下します。
業務に組み込むまでの4ステップ
例にするのは「顧客の設計変更・採用審査対応資料作成」です。新しいシステムを作る話ではなく、いま使っているファイル保管サービスと文書作成ソフトの間に、情報の通り道を一本引く作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
資料づくりに使う記録は、すでに社内にあります。
- 工程変更の申請書と、その影響を評価した記録
- 製品ごとの電気特性データと信頼性試験の結果
- 顧客別の過去の回答資料と指定様式
新しく作るものはありません。設計部門と品質保証で別々に保管されているなら、一箇所にまとめます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
工程変更の申請が承認されたとき、または顧客の質問票が受付フォルダに保存されたときを起点にします。担当者が思い出して始める形にすると、量産の立ち上げが重なる時期ほど後回しになり、使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
何を見て「顧客への通知が必要な変更」と判断するのかを文章にし、一箇所にまとめて設定します。AIは毎回そこを参照します。長く顧客対応をしてきた人が無意識に見ている点を、 外に書き出す作業です。
- どの工程・資材の変更なら顧客への通知が要り、どこまでなら社内記録で足りるのか
- 変更の種類ごとに、どの特性データと試験結果で影響のなさを示すのか
- 顧客が過去に追加で求めてきた資料の範囲
この工程がいちばん時間がかかります。一度書き留めれば、担当者が替わっても使えます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
下書きは案件フォルダに文書として保存し、業務チャットで品質保証と営業技術に知らせます。 顧客の回答期限の前に担当の技術者が開き、特性への影響の記述を確かめてから、責任者の承認に回します。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 一つの型で下書きを作らせてしまう:顧客によって提出する書式も求められる項目も違うため、同じ型で作った下書きはそのまま差し戻しになります。顧客別に過去の回答と指定様式を分けて保管し、どの顧客の案件かで参照先が切り替わるようにします。
- 装置の入れ替えでデータの形が変わる:製造装置や測定器を更新すると、出力される項目名や品番の付け方が変わり、傾向の確認が静かに止まります。装置を入れ替える手順の中に、参照先の様式を見直す段取りを組み込んでおきます。
- 該非判定まで任せてしまう:輸出管理の該非判定は、製品の仕様が規制の項目に触れるかという法令の解釈です。下調べの突き合わせまでにとどめ、判定そのものは輸出管理の責任者が下す形にします。
半導体メーカーのAI活用は、どこから考えればいいか
第1セクションで引いた線は、社内の規格や過去の回答に照らして同じ判定を繰り返す業務にAIが効き、新プロセスの条件出しや供給枠の調整は人が担う側に残る、というものでした。紹介した三つは、いずれも判断の根拠が記録として社内にある業務で、誰が何を確かめるのかも決めやすい位置にあります。
すべてを一度に進める必要はありません。 まずは一つの業務からで十分です。工程変更の申請書、過去の回答資料、検査データ、表計算ソフトといった、すでに手元にあるものから着手できます。

