道路旅客運送業に、そもそもAIは必要なのか
バス・タクシー会社でAIを入れる先は、業務ごとに二つを数えると絞り込めます。一つは、同じ基準に照らす判断が月に何度戻ってくるか。もう一つは、それを外したときに、乗客のけがや運休、行政の処分という形でどこまで跳ね返るかです。この二つを手がかりに、バス・タクシー会社のAI活用が効く範囲を見ていきます。
営業所に届く書類のなかには、決められた見方で同じ確認を重ねているものがあります。AIが効くのはそちら側です。
- 運転日報とヒヤリハット報告から、車内での転倒につながる運転の癖を拾う確認
- 点検記録と乗務員の書き添えから、乗降扉や車内設備の傷みを見つける確認
- 貸切の申込に対して、行程と時間から運賃を組んだ見積書の下書き
三つとも、 見るべき書類がすでに営業所に揃っている 業務です。
逆に、車内での乗降の介助と、路線の見直しをめぐる住民や自治体との協議は、人の手に残すべきだと考えます。介助は、その人の足取りと荷物、後ろに並ぶ列を見て、手を貸す加減をその場で決める仕事です。協議のほうは、相手の納得を一回ずつ積み上げる場で、 結論より過程に意味がある やりとりです。
もっとも、この線は会社単位でまとめて引けるものではありません。同じ貸切の仕事でも、行程と時間から運賃を組む作業は仕組みに向き、当日に道路が塞がったときの行程の組み替えは人の手に残ります。次のセクションでは、業務を工程に分けて並べ直してみます。
ダイヤ編成から利用者対応まで、負荷が大きいのはどの工程か
バス・タクシー会社の一日は、決めたダイヤに沿って乗務員と車両を送り出し、帰庫後に記録を受け取るところで一巡します。毎日おなじ形で戻ってくる作業がどこに寄っているのかは、この順に並べ直すと見えてきます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| ダイヤ編成 | 便数と時刻の見直し、路線ごとの収支と補助金の見通しの点検 | 中:需要の試算と申請資料のたたき台を作れる |
| 貸切・配車受付 | 貸切の引合への見積の作成、タクシーの予約の受付 | 大:行程からの運賃の組み立てを任せられる |
| 乗務員配置 | 月ごとの仕業の割り当て、拘束時間と休息期間の確認 | 大:告示の基準に触れる組み合わせを洗い出せる |
| 出庫準備 | 乗務前点呼と健康状態の確認、行先表示と運賃箱の設定 | 小:その日の顔色と受け答えを見る場が中心 |
| 運行・旅客対応 | 停留所での乗降の介助、運賃の収受、車内の案内 | 極小:目の前の乗客を見て手当てが毎回変わる |
| 帰庫・報告 | 運転日報の受領、ヒヤリハットと車内事故の報告の受付 | 大:転倒につながる挙動の拾い上げを任せられる |
| 整備・車内設備 | 日常点検と定期点検、乗降扉とスロープの調整 | 大:先に入庫させる車両を絞り込める |
| 利用者対応 | 問い合わせと苦情への一次回答、忘れ物の照会 | 中:回答の下書きと申告の仕分けが進む |
時刻表は先に公表されていて、こちらの都合では落とせません。そのぶん 乗務員配置 に負荷が集中します。
配置の担当者は月初に仕業を割り当てますが、体調不良や急な欠勤が一件入るたびに割り当て直しになります。便を後ろにずらす選択肢がないため、動かせるのは 人だけ です。
そこへ、次の乗務までの休息期間が空くか、その乗務員が走り慣れた路線か、貸切の受注が入った日に路線から何人抜けるか、といった条件が重なります。担当者は一人ずつ当てはめ直すことになります。
ここが軽くなると、担当者は当てはめ直しから離れて、誰をどの仕業に就けるかの見極めに時間を回せます。前のダイヤ編成も、人が足りる前提で便を置けるようになり、後ろの出庫準備でも無理な仕業による遅れの申し送りが減ります。
極小とした運行・旅客対応は、停留所での足取り、荷物の量、車内の混み具合を見て、手を貸す加減をその場で決める仕事です。どれだけ記録を集めても、 いま目の前に立っている人への手当て までは書き出せません。
道路旅客運送業で最初に取り組むべきAI活用、3つ
三つとも、冒頭の二つをどちらも満たします。乗務のたび、点検のたび、引合のたびに同じ確認が戻ってきて、見落とせば乗客のけがや運休、届出の不備につながります。出発点になる書類は、今日も営業所に届きます。
車内での転倒につながる運転を、日報から先に拾う
帰庫後の点呼が終わり、運転日報と記録装置のデータ、ヒヤリハット報告が保管先に入った時点が起点です。
AIは、路線ごとの発進と停車の平常の幅、車内で乗客が転んだ過去の事案、社内で定めた注意の線、運転についての利用者の申告を照らし、同じ乗務員や同じ停留所の手前に急な減速が寄っていないかを拾います。
結果は乗務員別の一覧表に一行ずつ足され、運行管理者と指導員に業務チャットで届きます。いまは、車内で転んだ事案が安全会議まで表に出ず、その週のうちに停留所まで辿れません。 次に添乗する相手と、見るべき停留所 が先に並んだ状態から段取りに入れます。
その挙動が、横断者をよけた結果なのか、ダイヤの余裕が足りないためなのかは、指導員が日報の原本と当日の仕業を照らして切り分けます。乗務の制限を決めるのは運行管理者です。
運行の途中で止まる車両を、点検記録から先に外す
二件目は、日常点検と定期点検の記録が保管先に入ったときに動きます。
AIが並べるのは、同じ車型で過去に交換した部品の履歴、走行距離と前回の整備からの間隔、乗務員が日報に書き添えた異音や扉の閉まりの悪さ、冷暖房について利用者から届いた申告です。同じ車両に記述が何件重なるかを数えます。
結果は車両ごとの一覧に残り、翌月の貸切の予約と路線の運用に当てた車両表と突き合わせたうえで、整備の担当者に知らせが飛びます。順番を決めていたのは車検と定期点検の期日でしたが、 客を乗せる予定が詰まっている車両 が先に上がってきます。
一覧の順番をそのまま入庫の順番にはしません。担当者が車両の扉と下回りを開けて確かめます。運用から外して入庫させるかは、整備管理者の判断です。
行程表から、貸切の運賃を先に組み立てる
三件目の起点は、貸切の申込が入力フォームから届いた瞬間です。
AIは、発地と立寄先と着地、希望の時刻、同じ方面へ過去に出した運賃の控え、時間と距離から金額を組む自社の算定の考え方、その日の車両と乗務員の空き、高速料金や駐車場や回送の記録を突き合わせ、見積書の下書きを組み立てます。
下書きは予約の一覧表に一件として並び、見積書は文書として保管先に残ります。いまは行程表を見ながら時間と距離を数え、過去の控えを探して金額を置いていますが、 数字が入った状態 から値引きや条件の相談に入れます。
運行管理者は、交替の運転者が要る行程か、乗務員の拘束時間に収まるかを先に見ます。金額を示すかどうかの最終的な責任は、営業の責任者にあります。
業務に組み込むまでの4ステップ
三件目の貸切の見積の下書きで説明します。開発の話ではありません。申込を受ける入力フォームと、手元の表計算ソフトのつなぎ方を整えていく作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
見積に要る数字は、すでに営業所と車庫に散らばっています。
- 営業の手元にある、過去の貸切の行程表と運賃の控え
- 運行管理の机にある、車両の運用表と乗務員の仕業の予定
- 経理に回った、高速料金と駐車場、回送にかかった費用の領収書
作り直すものはありません。三つの置き場所をファイル保管サービスに寄せ、どこを見れば揃うのかを先に固めます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
貸切の申込が入力フォームから届いたときを起点にします。担当者が手の空いたときに取りかかる形にすると、行楽の時期には翌日以降へ送られ、そのうち机の上で止まります。
3. 判断の基準を設定しておく
どこまでを運賃に含め、どこから受けないのかを、先に文章の形で一箇所にまとめます。AIはこのまとめを見ながら金額を組み立てます。長く引合を受けてきた担当者が行程表を一目見た瞬間に見当をつける勘どころを、 文字に起こす作業 です。
- どの行程から交替の運転者が要ると見るのか
- 回送の距離を、どこまで金額に含めるのか
- 学校や自治体との続く取引で、従来の条件をどこまで保つのか
いちばん時間がかかるのがここです。一度書き留めれば、他の営業所の見積にも使い回せます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
出来上がった下書きは予約の一覧表に一件として並び、見積書は文書として保管先に残します。 返事を出す前 に、運行管理者が交替の運転者と拘束時間の観点で目を通し、営業の責任者が金額を判断する順番にします。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 利用者からの申告が、運転日報と結びつかない :運転についての苦情は営業所の電話で受け、日報は運行管理の台帳に積まれます。受付の記録に路線と便、乗った停留所の欄がないと、どの運行の話なのかを特定できず、一覧には乗りません。申告を受ける入力フォームに、その欄を先に設けておきます。
- 貸切と路線で、残る記録の様式が違う :貸切は行程表、路線は運用ダイヤと仕業表に残り、同じ車両を走らせていても項目がそろいません。車両の稼働を一本で見られず、整備の順番の判断が片側に偏ります。車両番号と運用日の書き方を、両方の様式で先に合わせておきます。
- 報告そのものが上がらなくなる :ヒヤリハットの報告が乗務員の評価に直結すると受け取られると、書く件数が減り、一覧が空のまま動かなくなります。一覧の使い道を添乗指導の順番決めに限ることを先に伝え、報告した本人が不利にならない扱いを決めておきます。
道路旅客運送業のAI活用は、どこから考えればいいか
冒頭で引いた線は、営業所に残る書類と基準を照らす確認はAIの側、車内で乗客に手を貸す加減と、地域との協議は人の側、というものでした。今回の三つは、判断のよりどころが運転日報、点検記録、過去の見積の控えという形で、 すでに手元に揃っている 業務ばかりです。
始めるのは どれか一件 で足ります。選んだ業務の記録がいまどこにあるかを確かめるところからで十分です。新しく買うものはなく、毎日出てくる日報と点検記録、過去に出した見積の控えがあれば、最初の一歩は踏み出せます。

