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海運業でのAI活用術

海運会社でAIを入れる価値が出るかどうかは、二つの軸で見分けられます。一つは、同じ判断を月に何回繰り返しているか。もう一つは、その判断を誤ったときに何が起きるかです。

公開日 2026年9月29日更新日 2026年9月29日読了時間 約1分

海運業に、そもそもAIは必要なのか

海運会社でAIを入れる価値が出るかどうかは、二つの軸で見分けられます。一つは、同じ判断を月に何回繰り返しているか。もう一つは、その判断を誤ったときに何が起きるかです。この二つがどちらも大きい業務ほど、組み込む価値が出ます。海運会社のAI活用も、この順で見ていきます。

海運の仕事には、決められた条件や過去の成約に照らして同じ確認を重ねる業務があります。AIが効くのはそちら側です。

  • 引合に対する運賃の一次回答の下書き
  • 本船から届く機関の記録から、傷みの兆しを拾う確認
  • 次の航海の寄港地に合わせた、環境規制への適合確認

いずれも照らし合わせる先が社内の記録として残っている業務です。

一方、傭船料の相対交渉と、入出港時の操船には入れないほうがよいと考えます。

傭船交渉は、市況の先行きの見方と相手の船腹事情を読み合いながら、その場で条件を組み替える仕事です。操船は、喫水、潮流、風、岸壁の形状、水先人と綱取りの段取りが一港ごとに違い、 最後は船長が責任を負うという前提の上に成り立っています。

ただし、この線引きは業務ごとに変わります。同じ営業部門のなかでも、運賃を決める交渉と、回答に要る条件を並べる作業では向き不向きが分かれます。次のセクションでは、海運会社の業務を部門ごとに分けて見ていきます。

集荷から精算まで、負荷が大きいのはどの工程か

海運会社の仕事は、一本の流れではなく部門ごとに分かれて動いています。貨物を集める側と、本船を保守して規制に通す側とでは、抱えている判断の種類が違います。

業務工程主な作業AI活用の余地
集荷・運賃交渉引合の受付、運賃の見積、船腹の手当て大:一次回答の下書きを任せられる
配船・傭船配船計画の作成、傭船契約の条項確認、航海採算の試算中:条項の照合を任せられる
船積・書類船積依頼の受付、船積書類と通関書類の点検大:記載の不備の洗い出しを任せられる
運航管理本船との定時連絡、気象・海象の見立て、入出港の調整中:気象と港湾混雑の情報の集約を任せられる
本船当直航海当直と操船、機関当直、荒天時の避航極小:喫水と潮流、岸壁の条件が一港ごとに違う
船舶管理機関と船体の記録の確認、入渠と修繕の計画、乗組員の配乗大:記録に出る変化の拾い上げを任せられる
規制・検査環境規制への適合確認、検査の受検準備、当局向けの報告大:寄港地ごとの確認事項の整理を任せられる
精算・クレーム運賃と滞船料の精算、貨物損傷クレームの処理、保険求償中:クレーム内容の仕分けを任せられる

負荷が最も集中するのは集荷・運賃交渉です。引合は一日に何本も入り、航路、船型、数量、積揚の期限、荷役の条件がそれぞれ違います。同じ航路でも、空船で向かう距離と燃料油の価格、港費、運河の通航料が変われば採算が変わります。

担当者は、市況の水準、空いている船腹、過去の成約の記録を別々に開いて突き合わせ、返信の文面を起こします。 返答の速さがそのまま集荷につながる一方、一度出した運賃は後から引き上げにくいため、神経を使う工程になります。

ここに手を入れると、担当者は条件を集める手を止めて、受けるか断るか、いくらで返すかの見極めに時間を充てられます。後工程の配船も、断った引合まで条件が記録に残ることで、次に同じ航路の船腹が空いたときの手当てが早くなります。

極小とした本船当直は、入港のたびに喫水と潮流、風向き、岸壁の形状、水先人と綱取りの段取りが変わる仕事です。過去の航海記録は参考になりますが、その場の操船の判断は任せられません。

海運業で最初に取り組むべきAI活用、3つ

先に手をつけるのは、同じ判断が何度も起きていて、かつ取りこぼすと運賃収入や本船の稼働に響く業務です。第1セクションの二つの軸に当てはめると、運賃の一次回答、機関の記録の確認、寄港地ごとの規制確認が、そこに当たります。

引合への一次回答を、下書きまで用意しておく

起点は、荷主や仲介から引合のメールが届き、決まった受信先に入った時点です。AIは、同じ航路と船型で過去に成約した運賃と付帯の条件、いま空いている船腹と空船で向かう距離、社内で定めた採算の下限を照らし、運賃の水準と条件を添えた回答の下書きを組み立てます。

下書きは引合の一覧表に一件ずつ積まれ、担当の営業に業務チャットで知らせが届きます。これまでは市況の資料と成約の記録を別々に開いて条件を拾っていましたが、 条件が並んだ状態から交渉の組み立てに入る形に変わります。

採算の下限に触れていないか、積揚の期限が配船と合うかは、営業の担当者が確かめます。いくらで受けるかを最終的に決めるのは、集荷の責任者です。

機関の不具合の兆しを、入渠を待たずに拾う

いまは、本船から陸上に届く機関の記録が本船ごとに積み上がり、前の航海との違いに気づけるかどうかが、その船を何年も見てきた監督の記憶に頼っています。ここを仕組みにします。

記録が決まった保管先に取り込まれたときが起点です。AIは、同じ型の主機の過去の運転値の幅、潤滑油の性状の推移、交換に至った部品の履歴、運転時間と整備の間隔を突き合わせ、 基準の内側にありながら一方向に動き続けている項目を拾い上げます。

結果は本船ごとの整備の一覧表に一行ずつ足され、担当の監督と工務の責任者に知らせが届きます。次の入渠まで持つのか、次の寄港地で部品と技師を手当てするのかを、早い段階で見立てられます。

指摘が傷みの進みなのか、計器の誤差や測り手の癖なのかは、本船の機関長と担当の監督が見極めます。修繕を前倒しするかは、工務の責任者が決めます。

次の航海の規制の確認事項を、配船が決まった時点で揃える

三件目は、社内で配船が固まったことが起点になります。次の航海の寄港地と航路が配船の一覧に登録されると、AIは、通る海域ごとの排出の規制、寄港地の当局が求める書類と届出、本船が持つ証書の有効期限、前回その港に入ったときの指摘事項を照らし、確認事項を並べた表を組み立てます。

表は本船ごとの文書として保存され、船長と機関長、陸上の安全担当に知らせが届きます。寄港地が決まってから規則を一つずつ調べ直していた作業が、 抜けを探す確認に変わります。

寄港地ごとの上乗せの規定が反映されているかは、陸上の安全担当が確かめます。当局への申告の内容を最終的に確定させるのは、船長です。

業務に組み込むまでの4ステップ

例にするのは「引合への一次回答の下書き」です。新しいシステムを作る話ではなく、いま使っているメールと表計算ソフトの間に、情報の通り道を一本引く作業です。

1. 使う情報がどこにあるかを決める

一次回答に用いる記録は、すでに社内にあります。

  • 同じ航路と船型で過去に成約した運賃と付帯の条件
  • 現在の船腹の空き状況と、空船で向かうのに要る距離
  • 港費と運河の通航料、燃料油の価格の直近の水準

新しく作るものはありません。営業の手元の控えと運航部門の配船表に分かれているなら、一箇所にまとめます。

2. 何をきっかけに動かすかを決める

引合のメールが決まった受信先に届いたときを起点にします。担当者が思い出して始める形にすると、引合が立て込む時期ほど後回しになり、やがて誰も開かなくなります。

3. 判断の基準を設定しておく

何を根拠に水準を決めるのかを文章にし、一箇所にまとめて設定します。AIは毎回そこを参照します。何年も引合をさばいてきた担当者が、条件を見た瞬間に無意識で見積もっている点を、 外に書き出す作業です。

  • どの航路で、どの船型なら、採算の下限をいくつに設定するのか
  • 燃料油の価格や港費を、どの時点の水準まで反映してよいのか
  • 積揚の期限が窮屈な引合を、どこから見送りにするのか

この工程がいちばん時間がかかります。一度書き留めれば、他の航路にも使い回せます。

4. 結果の戻り先と、確認する人を決める

下書きは引合の一覧表に一件ずつ足し、業務チャットで担当の営業に知らせます。 返信の期限が来る前に担当者が開き、条件の当否を見てから、集荷の責任者の確認に回します。

先に知っておきたい、つまずきやすい3か所

  • 本船から届く記録の書き方が揃わない:機関の記録や航海の報告は本船ごとに書き方が違い、通信の事情でまとめて送られることもあります。書き方がばらつくと、流れが途中で止まります。報告の様式を決まった入力の形に揃え、送る時期を運航の決まりに書き込みます。
  • 傭船契約ごとの例外を一次回答が取りこぼす:同じ航路でも、荷役の負担区分、滞船料の起算、燃料油の精算の条件は契約ごとに違います。標準の条件のまま返すと、後で覆すことになります。契約ごとの違いを引合の記録に印として残し、標準と異なる引合は下書きの対象から外します。
  • 寄港地ごとの上乗せの規定を落とす:排出の規制や届出の要件は、通る海域と港によって上乗せがあり、改正も入ります。一般的な規則だけを基準にすると、その港だけの決まりが抜けます。航路と寄港地ごとの規定を自社の基準として書き留め、改正を反映する担当と時期を決めます。

海運業のAI活用は、どこから考えればいいか

第1セクションで引いた線は、社内の記録や定めた条件に照らして同じ確認を重ねる業務にAIが効き、傭船の相対交渉と入出港の操船は人が担う側に残る、というものでした。紹介した三つは、いずれも照らし合わせる先が社内に残っている業務です。

全部を一度に進める必要はありません。 まずは一つの業務からで十分です。過去の成約の記録、本船から届く機関の記録、寄港地ごとの規定の控え、表計算ソフトといった、すでに手元にあるものから始められます。

#運輸・物流業界#海運業#AI活用