旅行・旅行代理業に、そもそもAIは必要なのか
旅行会社のAI活用は、どの業務に入れるかを決めるところから始まります。目安は二つです。同じ判断が月に何度戻ってくるか。そして、外したときにお客様の旅程がどこまで崩れるか。どちらの答えも大きい業務ほど、手を入れる価値が出ます。
この二つを当てはめると、上位に並ぶのはこのあたりです。
- 渡航先の安全情報と入国要件の変更を追い、方面ごとにまとめ直す作業
- 旅行代金の内訳を、お客様に示せる説明資料へ組み直す作業
- 聞き取った要望を反映して、旅程と見積書の下案を起こす作業
この三つは、拠りどころが 人の頭の外 にあります。取消料の規定も単価表も各国の発表文も、すでに文字で残っているものです。
一方、出発直前に取消の申し出が入ったときの向き合い方は、AIの外側に置きます。規定どおりの取消料を伝えれば終わる話ではなく、事情が入院なのか都合なのかで、どこまで含みを持たせるかが変わるからです。 会社として負う判断 になります。
カウンターでの最初の相談も外側です。行き先も予算も決まっていないお客様から、前回の旅の話を手がかりに希望を引き出す工程で、聞く順番はその場の反応で変わります。
ただし、この線引きは会社の単位では決まりません。見積ひとつ取っても、内訳を組み直す作業は内側に入り、値引きの可否は外側に残ります。自社の仕事を工程に割って確かめる必要があります。次の章で、相談受付から精算までを並べ直します。
相談受付から精算・報告まで、負荷が大きいのはどの工程か
旅行の案件は、相談を受けた日から精算まで一本の線でつながっています。前の工程でずれた分を、後ろの工程で取り戻すことはできません。並べ直すと、同じ基準の作業が集まっている場所が見えます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 相談受付 | 来店・電話での要望の聞き取り、方面と予算の確認 | 小:聞き取った内容の記録づけまで |
| プラン作成 | 旅程の組み立て、提案資料づくり、見積書の下案 | 大:要望に沿った旅程と見積を組める |
| 見積・条件説明 | 旅行代金の内訳説明、保険と補償の案内、取消料の説明 | 大:規定に沿った説明資料に仕立て直せる |
| 渡航情報確認 | 査証と入国要件の確認、渡航先の安全情報の収集 | 大:発表文の変更点を方面ごとに拾い出せる |
| 予約・手配 | 航空と宿泊の予約、現地手配先への依頼、予約変更の処理 | 中:依頼内容の整理と抜けの指摘まで |
| 出発前準備 | 最終旅程表の作成、添乗員への引継ぎ、しおりづくり | 中:確定した旅程からの書類づくりを任せられる |
| 旅行中対応 | 現地からの緊急連絡への応対、代替手配の掛け合い | 極小:現地とお客様の間でその場で決める |
| 精算・報告 | 旅行代金の精算、帰着後アンケートの読み込み、手配先の評価 | 中:自由記述と記録の突き合わせが向く |
担当者が席を立てなくなるのは 予約・手配 の工程です。ひとつの旅程を成立させるために、航空会社、宿泊先、鉄道、現地の手配会社、食事処へ、別々の宛先に別々の様式で依頼を出すことになります。
手を取られているのは依頼そのものではなく、 期限の管理 のほうです。航空券の発券期限、宿の取消期限、現地手配の確定期限は、それぞれ別の日に来ます。どこか一つの返事が遅れている間に、先に押さえた予約の期限が来てしまいます。
しかもお客様の一言で全部が動きます。出発日を一日ずらしたい、二部屋を三部屋に分けたいという連絡が入るたび、押さえた先すべてに取り直しの連絡を出し、期限を引き直すことになります。
期限の追いかけが減れば、手配担当者は条件の交渉そのものに時間を使えます。出発前準備の工程でも、確定した旅程が早く揃うようになります。
旅行中対応を「極小」としたのは、現地とお客様の間に立って、その場で決めるしかない工程だからです。欠航の知らせが入ってから代わりの便を押さえるまでの間に、参照できる基準はありません。
旅行・旅行代理業で最初に取り組むべきAI活用、3つ
この三つを選んだのは、二つの目安がどちらも振り切れているからです。どれも毎日のように起きる作業で、外せば出発できなくなるか、代金の説明がつかなくなります。順番は、繰り返しの多さと、外したときに及ぶ範囲の広さで並べています。
入国要件の変更を、方面ごとに毎朝まとめておく
起点は毎朝の始業前です。AIは各国の当局や航空会社が出している渡航要件の発表文、自社が扱っている方面の一覧、前日までにまとめた要件の記録を読み比べ、査証の要否・滞在日数の上限・接種や検査の条件のうち、 前日から変わった箇所だけ を抜き出します。
抜き出した結果は方面別の要件一覧に行として加わり、その方面の担当営業に業務チャットで届きます。いまは各国の発表を思い出したときに見に行っていますが、変わった箇所のほうが先に手元へ来ます。
その変更が自社の扱う旅程に本当に効くのかを見るのは、方面の担当者です。出発済みのお客様に連絡を入れるか、募集中のツアーを止めるかは、手配部門の責任者が決めます。
旅行代金の内訳を、お客様に示せる形に直す
二つめは、見積書が案件の保管先に保存された時点で動きます。AIは航空・宿泊・地上手配の単価表、取扱料金と燃油サーチャージの規定、同じ方面で使った過去の説明資料を照らし、金額を運賃・宿泊・現地費用・税や諸費用に割り振ったうえで、 何に対する代金か を一文ずつ添えます。
できた資料は案件の保管先に文書として収まります。これまでは担当営業が見積書の数字を手で拾い、そのつど文面を書き起こしていましたが、下案に手を入れるところから始まります。法人のお客様への提出用と、個人のお客様への口頭説明用で、書き分けも揃います。
開示してよい範囲に収まっているかを見るのは担当営業です。仕入れの単価がそのまま読み取れる書き方になっていないか、値引きの理由をどう記すかは、営業の責任者が判断します。
聞き取った要望から、旅程と見積の下案を起こす
三つめの起点は、相談の聞き取りを書き留めた入力フォームが送信されたときです。AIは希望の方面と日程、人数と部屋割り、予算の幅を、方面ごとの標準旅程、季節ごとの料金表、現地手配先からの直近の回答と突き合わせ、移動と宿泊がつながる旅程案を日ごとに組み、概算の見積を並べます。
下案は相談案件の一覧表に行として増えます。これまでは方面の資料を開き直して一から旅程を書き起こしていましたが、 二案目・三案目をその場で 出せるようになり、来店中のお客様と画面を見ながら詰められます。
乗り継ぎ時間や移動の順番が現実に回るかを確かめるのは、その方面の手配係です。どの案をお客様に出すか、予算とのすり合わせをどこで付けるかは、担当営業が引き受けます。
業務に組み込むまでの4ステップ
四つのステップは「旅行代金の内訳説明資料づくり」で通します。新しい仕組みを組む話ではなく、いま使っている見積書と単価表の置き場所をつなぎ直す作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
使う情報はどれも社内で日々書かれています。 新しく起こすものはありません 。
- 仕入れ担当が更新している方面別の単価表
- 料金表の綴りにある取扱料金と諸費用の規定
- 案件ごとの保管先に残る過去の説明資料
紙の綴りと個人の表計算ソフトに散らばっているなら、ファイル保管サービスへ集めます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
見積書が案件の保管先に保存された時点を起点にします。お客様に問われてから作り始めると、返事までに日が空き、その間に他社の見積が届きます。思い出して開く形にすると、繁忙期ほど後回しになります。
3. 判断の基準を設定しておく
どこまで書くのかを決めて、一箇所にまとめた文章として設定しておきます。AIはそのつど、ここを読みに来ます。年数を重ねた営業が、相手によって言葉を変えている線引きを、 外に出して書き留める作業 です。
- 仕入れの単価そのものは示さず、運賃・宿泊・現地費用の区分と合計だけを出す
- 燃油サーチャージと空港諸税は旅行代金と分け、発券時点で確定する旨を添える
- 取消料は日付ごとの段階を表にして、起算日がいつかを必ず書く
四つのうち、ここがいちばん日数を食います。ただし、一度書けば方面が変わっても担当が代わっても効きます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
下案は案件の保管先に文書として保存し、金額が前の版から動いたものだけ担当営業に業務チャットで知らせます。営業は提出前に、開示の範囲と取消料の記載を見ます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 渡航要件の下案を、そのままお客様への案内に使ってしまう :入国の可否を最後に判断するのは各国の当局と、搭乗させる航空会社です。まとめ直した要件は確認の出発点でしかないので、案内文に載せる前に発表元の原文へ当たる担当を決めておきます。
- 内訳の開示範囲を決めないまま説明資料を出す :区分の細かさを詰めずに動かすと、仕入れの条件まで読み取れる資料ができあがります。どの区分まで分けて示すかを先に固め、それより細かく出てきたものは営業の手前で止めます。
- 要望が電話と来店とメールに分かれて残る :部屋割りの希望は電話、食事の条件は来店時の立ち話、同行者の追加はメールということが起きます。分かれたままだと下案に載らないので、聞き取りを入力フォームに集める約束を先に作ります。
旅行・旅行代理業のAI活用は、どこから考えればいいか
第1章で引いた線をもう一度なぞります。内側と外側を分けたのは、判断の拠りどころが文字で残っているかどうかでした。
取消料にどこまで含みを持たせるか、行き先の決まらないお客様から希望をどう引き出すかは外側のままです。最初に挙げた三つは、いずれも 読みに行ける拠りどころ を持っています。
三つとも始めなければいけない、ということではありません。繁忙期にいちばん手を取られている業務を 一つ決めれば 、それで足ります。そこで開く単価表も発表文も、今日の案件のなかですでに使われているものです。

