電力に、そもそもAIは必要なのか
AIを入れて値打ちが出る業務は、二つの見方で絞れます。同じ判断が月に何度も繰り返されていること。そして、その判断を誤ったときの影響が小さくないことです。電力会社のAI活用も、この二つが重なる業務から順に見ていくのが早道です。
電力の仕事は、小売の窓口と送配電の現場が制度の上で分かれたまま、同じお客さまの申し出を受け止める形です。AIが効くのは、次のような業務です。
- 寄せられた申し出が、料金や契約の話なのか、電圧や引込線といった供給側の話なのかを見分ける作業
- 検針と需要のデータから、契約種別と料金メニューの見直し案を起こす作業
- 停電の区域と原因の区分、復旧の見込みを、お客さま向けの案内の文面にまとめる作業
どれも、 判断のもとになる記録が社内にそろっている 業務です。
一方、停電したときの現地の復旧と、大口の需要家との契約の詰めには入れないほうがよいと考えます。現地では事故点を切り分け、どの開閉器から送り、どの回線を先に戻すかを、天候と設備の傷み具合から判断します。
契約の詰めも、相手の操業の事情を聞き取りながら、どこまで条件を出すかを その場で決める判断 が中心です。
ただし、この線引きは業務ごとに変わります。同じお客さま対応でも、記録を突き合わせて類型を当てる部分と、現地の様子から組み立てる部分では、向き不向きが分かれます。そこで次は、電力の業務を工程ごとに並べ直し、負荷がどこに寄るのかを見ていきます。
需給運用からお客さま対応まで、負荷が大きいのはどの工程か
電力の仕事は、発電・送配電・小売が制度の上で分かれ、それぞれに別の部門が張り付いています。工程ごとに並べ直すと、決まった周期と様式で同じ確認を重ねる工程と、そのときの系統や現地を見てその場で判断する工程に分かれます。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 需給運用 | 翌日の需要の見通しづくり、発電機の運転計画、再エネの出力の振れへの備え | 中:見通しの下書きまでは組めるが確定は人 |
| 卸電力取引 | 取引所への入札、約定価格と燃料市況の読み | 小:相場を見て入札値を決める判断が中心 |
| 発電所運転 | 運転値の監視と巡視、定期検査の段取り | 中:いつもと違う値の洗い出しに向く |
| 送配電保守 | 配電線と柱上変圧器の巡視、点検記録の整理、設備更新の採算の見立て | 大:劣化の兆しが出ている区間を拾い上げられる |
| 停電復旧 | 事故点の切り分け、開閉器の操作、復旧の順序の現地判断 | 極小:現地の見え方しだいで送る順序が入れ替わる |
| 保安・法令対応 | 法定の周期で入る点検の期限管理、監督官庁への報告、災害時の復旧計画づくり | 大:周期と様式への当てはめが繰り返される |
| 法人営業 | 料金メニューと契約種別の見直し提案、デマンドの出方にもとづく省エネの提示 | 大:契約種別ごとの試算を先に出せる |
| お客さま対応 | 引込線や電圧に関する申し出の受付、申し出の類型分け、復旧見込みの案内 | 大:申し出の類型ごとに回答の型が決まっている |
負荷が最も集中するのは 需給運用 です。 電気は貯めておけない ため、送り出す量と使われる量を常に一致させ続けなければならず、あとでまとめて帳尻を合わせることができません。
担当者は、気温と天候の見通し、曜日ごとの使われ方、大口の需要家の操業の予定を重ねて、時間帯ごとの需要の見通しを組み立てます。そこへ太陽光や風力の出力の振れが乗るため、見通しは一日のうちに何度も組み直されます。どの発電機をどの順で立ち上げ、どこで絞るかも、その都度引き直すことになります。
読み違えたときに起きるのは、需給のひっ迫か、余った電気の押し出しです。どちらも広い範囲に影響が及ぶので、担当者は画面の前から離れられません。
見通しの下書きが先に出ていれば、担当者は見通しづくりそのものではなく、 差が出た理由の見極め に時間を使えます。後ろの卸電力取引の工程も、入札の前提が早く固まった状態から始められます。
極小とした停電復旧は、事故点を切り分け、どの開閉器から送るかを現地で決める仕事です。同じ区間の事故でも、風雨の強さ、倒木や飛来物の有無、設備の傷み具合で順序が変わります。似た事故の記録は手がかりになりますが、その日どこから送るかは現地でしか決まりません。
電力で最初に取り組むべきAI活用、3つ
手をつける順番は、繰り返しの回数と、外したときの影響の大きさで絞れます。第1セクションの二つの軸を電力の業務に当てはめると、申し出の類型分け、料金メニューの見直し提案、停電時の案内の三つが上に並びます。
申し出が料金の話か、供給の話かを先に分ける
動き出すのは、受付の担当者が応対の記録を保存した時点です。AIは、社内で定めている申し出の類型の一覧、過去に同じ言い回しで寄せられた申し出とその行き先、設備台帳にある引込の形態と契約種別を照らし、その申し出がどの類型に当たるかと、回すべき部門の案を付けます。
結果はお客さま対応部門の一覧表に行として積み上がり、行き先に挙がった部門の担当者に業務チャットで知らせが届きます。いまは受付者が記録を読み返して振り分けていますが、 類型と行き先の案が付いた状態 から確かめる形に変わります。
案が妥当かどうかは、その申し出を受けた受付者が読みます。供給側の設備に手を入れるかどうかの判断は、配電の担当部門が持ちます。
料金メニューの見直しを、デマンドの出方から起こす
二つ目は、担当者が思い立ったときではなく、月次の検針と需要のデータが取り込まれた時点から動きます。AIは、その需要家の時間帯ごとの使われ方と契約電力に対するデマンドの出方、いま結んでいる契約種別、自社の料金メニューの条件を突き合わせ、切り替えの候補と試算の根拠をまとめます。
まとまったものは提案の下書きとして文書に保存され、その需要家を受け持つ営業あてに知らせが出ます。これまでは訪問が決まってから実績を集め直していましたが、 候補と根拠がそろった下書き を手直しするところから始められます。
試算の前提がその需要家の操業の実態と合っているかは、担当営業が確かめます。どこまで踏み込んだ条件を出すかについては、料金の所管部門が最後に目を通します。
停電の案内を、指令所の情報から組み立てる
三つ目の起点は、指令所です。事故点の切り分けが終わり、停電の区域、原因の区分、復旧の見込みが登録されると、AIがその内容と、過去に同じ原因の区分で出した案内の文面、区域に含まれる需要家の種別を参照して、お客さま向けの案内の下書きを組み立てます。
下書きは文書として保存され、コールセンターと広報の担当者に知らせが届きます。いまは復旧の対応と並行して文面を書き起こしていますが、 区域と見込みが入った文面 を直すところから始められます。
書かれた区域と見込みが指令所の判断と合っているかは、指令の当直者が見ます。復旧の見込みをお客さまに示してよいかを決めるのは、災害対応の統括者です。
業務に組み込むまでの4ステップ
四つのステップは、「申し出の類型分け」の一件だけで通します。新しいシステムを作る話ではなく、すでに使っている入力フォームと表計算ソフトの間に、情報の通り道を一本引く作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
類型を当てるのに要る情報は、すでに社内にあります。
- 受付の応対記録と、過去の申し出の行き先
- 社内で定めている申し出の類型の一覧
- 設備台帳にある引込の形態と契約種別
どれも新しく作るものではありません。窓口と電話と書面で保管先が分かれているなら、一箇所へ寄せます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
受付の担当者が応対の記録を保存した時点を起点にします。人が思い出して操作する形にすると、停電や料金の改定で問い合わせが立て込んだ週ほど後回しになり、結局使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
何をもってどの類型に当てるのかを、あらかじめ文章にまとめて設定しておきます。AIは毎回そこを参照します。長く受付に座ってきた人が言葉にせずに引き当てている見分け方を、 外に書き出す作業 です。
- 「電気が来ない」という申し出を、料金の未払いによるものと供給側の事故のどちらで見るか
- 電圧や引込線の話が出たとき、どの段階で配電の部門へ回すか
- 同じ区域から似た申し出が重なったとき、扱いをどこまで上げるか
この工程にいちばん時間がかかります。ただし一度まとまれば、受付の担当者が替わっても使えます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
付いた類型はお客さま対応部門の一覧表に行として積み、行き先の部門へ業務チャットで知らせます。 折り返しの連絡を入れる前 に受付者が開いて当否を見て、供給側に回すかを配電の部門が決めます。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 応対の記録が略語と自由記述のまま:受付では「引込」「漏電」といった略し方や言い回しが人によって違い、そのままでは類型を当てる側に届きません。受付の画面で選ぶ項目と、自由記述に書く内容を先に分け、略語の対応表を一つにまとめます。
- 古い条件のまま試算が組まれる:燃料費調整や託送の条件が改定されたあとも参照先が元のままだと、提案の下書きは使えない数字で出てきます。改定の手続きの中に、参照先を差し替える担当者と期限を組み込みます。
- 停電のさなかに人の入力を待つ形にする:広い範囲が停電すると指令所も現場も手が塞がり、案内の下書きのために誰かが打ち込む余裕はありません。指令所に登録済みの項目だけで下書きが組める形にし、現場からの入力を前提にしません。
電力のAI活用は、どこから考えればいいか
第1セクションで引いた線は、過去の記録と社内の定義に照らして同じ見分けを重ねる業務にはAIが効き、停電したときの現地の復旧と大口の契約の詰めは人が持つ、というものでした。紹介した三つは、いずれも 判断のもとになるものが社内に残っている 業務です。
三つを同時に始める必要はありません。 一つ選んで、そこだけ通してみれば 十分です。受付の応対記録、検針と需要のデータ、指令所の停電情報、いま使っている入力フォームと表計算ソフトといった、すでに手元にあるもので着手できます。

