化粧品メーカーに、そもそもAIは必要なのか
AIを入れる値打ちが出るかどうかは、二つの見方で決まります。一つは、同じ判断を月に何回繰り返しているか。もう一つは、その判断を外したとき何が起きるかです。この二つが両方とも大きい業務ほど、化粧品メーカーのAI活用 は効いてきます。
二軸を実際の業務に当てはめます。効く側にはっきり入るのは、パッケージの表示と広告コピーが、定められた効能の範囲に収まっているかの点検です。同じ線引きが、製品ごと、売り場ごとに形を変えて何度も戻ってきます。
輸出先の国ごとに配合禁止成分や配合上限を確かめる作業、充填したロットの検査記録を読んで規格から外れる兆しを探す作業も、同じ側にあります。
一方、処方の試作で使用感を見る工程は、AIを入れないほうがよい業務です。肌の上での伸び、なじみ、べたつきは、季節や肌質で感じ方が変わります。処方者が自分の肌と手で確かめる しかありません。肌トラブルの申し出を受けてお客様に説明する場面も、人が引き受ける領域です。
この線引きは業種で決まるものではなく、業務ごとに変わります。同じ社内でも、薬事の点検は効いて、処方の試作は効かない、という形で分かれます。自社の業務を工程に分け、どこに繰り返しの判断が集まっているかを見てください。
商品企画からお客様相談まで、負荷が大きいのはどの工程か
化粧品は、企画から店頭に並ぶまでに複数の部門を一方向に流れていきます。工程ごとに分けて見ると、判断の性質が工程によってまったく違うことが分かります。
| 業務工程 | 主な作業 | AI活用の余地 |
|---|---|---|
| 商品企画 | 売れ筋と口コミの整理、コンセプト案づくり | 中:情報の集約までは任せられる |
| 処方試作 | 配合の組み替え、使用感の確かめ | 極小:肌で確かめる判断は代えられない |
| 安全性試験 | 使用試験とパッチテストの結果整理 | 中:結果の突き合わせを任せられる |
| 薬事確認 | 表示と広告表現の点検、輸出先の規制確認 | 大:定めとの照合を任せられる |
| 原料調達 | サプライヤー監査の記録づくり、調達リスクの整理 | 中:記録の下書きを任せられる |
| 充填・検査 | 規格項目の測定、ロットの合否判定 | 大:数値の傾向の洗い出しを任せられる |
| 販促・PR | 商品説明の原稿づくり、企画書の下書き | 中:初稿づくりを任せられる |
| お客様相談 | 問い合わせの一次回答、申し出の仕分け | 大:分類と下書きを任せられる |
負荷が集中するのは 薬事確認 です。一つの製品が世に出るまでに、パッケージの表示、外箱、店頭のPOP、商品ページ、インフルエンサー向けの説明資料と、表現物が枝分かれして増えていきます。
書き手は制作や宣伝の担当で、薬事の専門ではありません。同じ効能の線引きを、媒体を変えて何度も引き直す のが薬事担当の仕事になります。
しかも原稿が集まるのは発売直前です。時間のない中で、担当者は全成分の表示名称と効能の範囲を頭に置いたまま、原稿を一本ずつ読み比べています。ここに手が入ると、書き手は指摘を受けた状態で書き直せるようになり、販促・PRの工程の手戻りも減ります。
極小と判定した処方試作は、AIに向きません。伸びやべたつきの良し悪しは、数値ではなく肌の上の感覚で決まり、その感覚を基準として書き留めることができないためです。
化粧品メーカーで最初に取り組むべきAI活用、3つ
先に手をつけるのは、同じ判断が何度も戻ってきて、外せば回収や行政の指導につながる業務です。先の二軸を当てはめると、表示と広告表現の点検、輸出先ごとの成分確認、充填ロットの検査記録の読み込みが残ります。
表示と広告コピーの逸脱を、校了前に洗い出す
原稿が校正用のフォルダに保存された時点を合図にします。AIは原稿とパッケージの表示案を読み、社内で定めた表現の線引きと、過去に薬事担当が指摘した言い回しの記録に照らして、効能の範囲を超える言い切り、使用者の声の見せ方、打ち消し表示の欠けを拾い出します。
指摘は該当箇所を引いた一覧として同じフォルダに保存され、薬事担当と書き手に業務チャットで知らせが届きます。校了の直前に薬事担当が一人で全媒体の原稿を読み比べていた点検が、指摘の付いた原稿から始める 確認に変わります。
どの指摘を直し、どれを表現として残すかを見るのは薬事担当です。世に出す表示と広告表現の責任を最後に負うのは、薬事部門の責任者です。
輸出先ごとの成分の可否を、全成分リストから当てる
こちらの起点は原稿ではなく、成分の側にあります。新製品の全成分リストと配合量が確定して保管先に入ったとき、また国ごとの規制情報を更新したときが合図です。
AIはそのリストを、国ごとの配合禁止成分と配合上限の一覧、表示名称の対応表に突き合わせます。その国では配合できない成分、上限を超えている成分、表示名称を書き換える必要がある成分が並びます。
結果は製品と国の組み合わせごとのチェックリストとして文書に保存され、海外事業の担当者にメールで届きます。国ごとの規制を一から読み直していた確認が、処方を組み替える必要がある成分が先に分かる 状態に変わります。
配合を落とすか、その国向けに処方を分けるかを決めるのは処方開発の担当者です。届出の内容に責任を持つのは、海外事業と薬事の担当者になります。
規格の内側で寄っていく数値を、ロットをまたいで見つける
三つめは、毎週決まった曜日に動く形です。ロットごとの粘度、pH、色調、充填量は、すでに表計算ソフトに入力されています。
AIはその記録を、原料のロット番号と充填ラインの記録、過去に規格を外したときの経緯に重ねて読みます。規格の内側にはあるものの上限側へ寄り続けている項目、特定の原料ロットや充填機に合わせて動いている項目が挙がります。
結果は品質管理の一覧表に行として増え、製造課と品質保証の担当者に知らせが届きます。ロットごとの合否だけを見て次に移り、規格を外して初めて記録をさかのぼっていた見方が、外れる前に兆しが見える 形に変わります。
寄りの原因をどこに見るかを確かめるのは品質管理の担当者です。充填を止めるか、原料の切り替えまで戻すかは、製造部門の責任者が決めます。
業務に組み込むまでの4ステップ
ここでは「薬機法に基づく広告表現・パッケージ表示チェック」を例に通して見ます。新しいシステムを作る話ではなく、いま使っているファイル保管サービスと業務チャットの間に、情報の通り道を一本つなぐ作業です。
1. 使う情報がどこにあるかを決める
点検に使う情報は、すでに社内にあります。
- 製品ごとに、どこまでの効能を言えることにしているかの取り決め
- 全成分の表示名称と、容器に載せている使用上の注意
- 過去に薬事担当が指摘した表現と、その直し方の記録
新しく書き起こすのではなく、所在をはっきりさせるだけです。記録が担当者のメールに埋もれているなら、一箇所にまとめます。
2. 何をきっかけに動かすかを決める
原稿が校正用のフォルダに保存された時点を合図にします。人が思い出して開く形にすると、発売前の追い込みほど後回しになり、結局は使われなくなります。
3. 判断の基準を設定しておく
何を引っかけるのか、その線引きを文章にまとめ、一箇所に設定しておきます。AIは毎回そこを参照します。薬事担当が原稿を読みながら無意識に引いている線を、言葉にしていく作業 です。
- 製品ごとに、どの効能までを言ってよいことにしているか
- 使用者の声や使用前後の写真に、何を添えることにしているか
- 「浸透」「改善」のような語を、どの範囲の但し書きとともに使うか
ここにいちばん時間がかかります。担当者で許容の幅が分かれる点も出ます。ただ、一度まとめれば次から使い回せます。
4. 結果の戻り先と、確認する人を決める
指摘は原稿と同じフォルダに一覧として保存し、業務チャットで書き手に知らせます。書き手は指摘を見て原稿を直し、薬事担当が 入稿の前 に最後の確認をします。
先に知っておきたい、つまずきやすい3か所
- 参照先に古い規制の一覧が残る :配合禁止成分の追加や表示名称の変更は、国ごとに時期をずらして入ります。古い一覧が参照先に残ると、すでに使えない内容でチェックリストが出来上がります。参照先は最新の一覧だけにし、いつ時点の内容かを文書に必ず載せます。
- 限定セットや同梱品が点検から抜ける :AIは製品単位で効能と表示を照らします。ところが既存品を詰め合わせた限定セットやノベルティの同梱品は、製品として登録されないまま販促物だけが先に動きます。セット品も点検の対象に入れ、構成する製品をひもづけておきます。
- 肌トラブルの原因を仕分けさせてしまう :申し出の仕分けは、過去の申し出との似かたを並べているだけです。皮膚に出た症状が製品によるものかは判別できません。赤みや腫れを伴う申し出は仕分けの結果によらず、受診の案内と担当者からの連絡に回す決まりにします。
化粧品メーカーのAI活用は、どこから考えればいいか
繰り返し戻ってくる判断で、外したときの影響が大きい業務にAIは効きます。肌の上で確かめる判断や、お客様への説明は人が引き受けます。第1セクションで引いた線はこれでした。三つはいずれも、定めや過去の記録と照らす形の判断 で、線の内側にあります。
三つを一度に組む必要はありません。まず一つ、いちばん戻ってくる回数が多いものから始めれば十分です。必要なのは、すでに社内にある取り決めと記録 です。新しく集め直すところから始まる話ではありません。

